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豆腐怪談 29話:地下バックヤード

今はもう存在しない店の、元店員Nから聞いた話。

その店は1階は衣料品や雑貨等の生活用品売り場、地階は食料品売り場とバックヤードという変わった組み合わせのスーパーだった。
昔はもっと大きい店舗だったらしく地下が食料品売り場なのはその名残だったらしい。
その地下のバックヤードは常に薄暗く、店員の誰もが薄気味悪いと感じていたそうだ。
雨が降ると老朽化したコンクリートのヒビから地下水らしきものが滲み、壁の向こうから何かが滴る音がするなど不気味さに拍車がかかった。

ある日、店員Nはその地下バックヤードである商品の在庫を数えていた。
このバックヤードの倉庫こそ実はよく“出る”場所だった。
ただし、Nは淡白に川沿いで橋のたもとにある店の水の溜まる地下室となればそりゃ“出る”だろうと考えていた。

今夜もNがバックヤードの倉庫の扉を開けた途端、蛍光灯の光が届かない隅の暗闇の中で、何者かが一人ゆっくりと立ちあがる空気の揺らぎを感じ取った。

外は大雨が降り、壁の向こうから滴り落ちる水の音が今夜は蛇口を開けっ放しにしたような音を吐き出し続けている。
外の大雨はさらに激しくなった上に、雷まで鳴りはじめた。近いのか振動がNがいる地下倉庫まで僅かに伝わる。

こういう日はだいたい“出る”
というかもう、“出た”

見えないなにかがゆっくりと近づく空気の揺らぎを、Nは歩きながら感じ取っていた。
Nは気付かないフリをしながら、手に持った端末に在庫状況を入力していく。
ああ、やれやれ面倒臭い。そう思うぐらいNはこのバックヤードの“アレ”に慣れていた。

半分ぐらい在庫入力した時には、既に奴はNの後ろに立っていたようだ。
すーすーと音もない微かな呼吸のような空気の揺らぎを、後頭部から首筋の皮膚が感じ取ってしまっている。
こういうときは一切反応しないのが1番だ。
ヤツはこちらが気付いていないと思わせておけば、何もしないとNは知っている。
ただ、ただ、不快なだけだ。それだけだ。

むしろ心配なのは今の天気だ。
ドン
雷がどこかで落ちたような轟音が響いた。
「結構デカいな…近いのかな」
ドォン!
雷が近くに落ちたのか照明が一瞬だけ消えた。
「………ッ?!」
照明が消える瞬間、見えたものにNは悲鳴を上げそうになった。

倉庫の中には満員電車のように人影がびっしりと入っていた。
照明が消えた瞬間、人影たちは一斉にNの方を見た。白目が鮮やかな無数の何対もの目だけが人型の影達の上で輝いた
「うわあああああ!!」
闇の中で無数の目に晒され、さすがのNもこれ以上ここにいるのは無理だった。逃げるように倉庫から出た。
無数の手に引っ張られるような感触が付き纏う。振り向かせようとするその手共を振り払うように走り、階段を駆け上がった。
1階の扉を開けた瞬間、手は一斉に引っ込んだ。そんな気がした。

諸事情によりNが転職した数ヶ月後、その店は閉店した。店舗は解体され今はコインパーキングになっている。

実は後日譚がある。

Nが元店員と知ってある人が話しかけてきた。
「そういえば地下店舗とバックヤードは解体される時はどうなったの?」
「危険なのでコンクリ等で埋めたと聞きました」
「実は真夜中にあの駐車場を使ったことあるんだよね。お金払う時に何か音がしたんでおかしいなと思ったんだよ」

その音は遠くで大勢の人が笑うような怒鳴るような不思議な音だったという。
何かを必死に訴えるような口調にも聞こえたという。
その人は音源を探ろうと周囲を見渡した。

音源は地面の下だった。
ちょうど地下バックヤード倉庫がかつてあったあたりだった。

【終】

※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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Photo by Jaehyun Kim on Unsplash


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