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豆腐怪談 30話:安眠妨害

それはいつも真夜中にやってくる。


ある日、何故か急に目が覚めた。目を開けなくとも今は真夜中だと分かった。目を開いて起きる理由もなかったから、そのまま二度寝を決めることにした。

再びまどろみかけた矢先だった。鼻先をくすぐるような僅かな空気の動きを鋭く感じてしまった。
薄目を開けてみる。覚醒直後のぼんやりとした視界に、白く細いものがゆっくりと動いていた。

それはヒトの指だった。ベットと壁の隙間から手首が生えていて、その人差し指が鼻先を触れるか触れないかの位置で揺れていた。いや、鼻先を撫でていたと言った方が正しい。
完全に目が覚めてしまった。

布団を頭からかぶり、震えながらなんとか二度寝をしようと努力したが、ついに朝を迎えてしまった。
これが一週間連続で続いた。
フラフラする寝不足の頭で対策を考えた結果、壁際の枕元にリラックスしているあのクマのぬいぐるみを置くことにした。手首野郎が出る隙間を塞けばいいと考えたからだ。

効果はあった。
手首野郎が出できて夜中に起こされることはなくなった。

しかし、安眠をとり戻した一週間後、また夜中に目が覚めるようになってしまった。
完全覚醒する前にまた二度寝をしようと頑なに目を閉じていたが、また鼻先で空気の僅かな動きを捉えてしまった。
後頭部にはあのリラックスしているクマの足の感触を感じる。つまりこれは壁際に生える手首野郎ではないらしい。
意地でも目を開けずに、布団を頭からかぶり二度寝をきめようとした。
しかし、今度は頬を撫でるような空気の揺らぎを感じてしまった。
薄目を開けてみる。布団の中に白い風船があった。

それは白い風船ではなく、人の頭だった。思わず目を見開いてしまった。
青白い頭だけの男、それも整った顔の中年男が自分の目と鼻の先にいた。
そしてあの手首の主だと直感で分かった。
その端正といっていい舞台俳優にいそうな顔のオッサンが、慈しむような穏やかな微笑をたたえて自分を見つめている。

そんな顔をしても困る。むしろ余計に怖い!
叫びながら、あのリラックスしているクマを掴んでベットから飛び出した。
その夜は床であのクマを抱いて震えながら、寝付くことなくひたすら寝転がった。

次の夜も布団の中、鼻と目の先にまた頭部だけの微笑する端正な美中年がいた。
どうやら彼はそこから動かず微笑むだけで何もしないようだ。
しかし、ヒトの頭だけの人外の呼吸もどきを体に受けて寝る図太さは持っていなかった。
その夜も震えながらクマと床に転がった。
3日目の夜は短めの筒状のクッションを抱いて寝た。目と鼻の先に抱き枕が有れば手首の時のように出ないと考えたからだ。

無駄だった。
今度は額に撫でるような空気の動きを感じて夜中に起こされた。
クッションの向こうから端正なオッサンの微笑む目だけが見えた。目があった瞬間、端正なオッサンは目を細めた。顔が良い分、かえって腹が立つ。
もちろんその夜も、床に敷いた寝袋の中でクマを抱えながら転がった。またも二度寝はできなかった。

次の夜は更に大きい抱き枕に代わるものをベットに持ち込んだ。
某家具屋のあのサメのぬいぐるみだ。このサメは頭部が大きいので向こう側が見えない。コイツを抱いて寝ればあの美中年の顔は見えないだろう。こちら側にサメの後頭部、つまり美中年出没側にサメの顔を向けて寝た。

前門のサメ、後門のクマの組み合わせのおかげか、その夜は中途覚醒することなく久々に朝まで眠ることができた。
朝になり、朝日の光を感じて目を開けるその寸前に耳元で囁かれた。

「君は変な奴だなァ」

腹立つことに、低音のバリトンのような良い声だった。
そのセリフをそのまま返す前に美中年が消えた気配がした。

【終】

※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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Photo by Jp Valery on Unsplash

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