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豆腐怪談 26話:遺ったもの

まだ平成が20年代前半だった頃に知人女性から聞いた話。

知人女性の遠縁が孤独死したので、彼女は親戚数人と遺品整理をした。
孤独死と言っても24時間も経たないうちにヘルパーさんによって遺体が発見されたので、遺体はひどい有様にはならなかったそうだ。

しかし彼の最期の生活は荒れていたようだ。家の中は異臭がするぐらいゴミが散乱し、遺品整理でかなり手間がかかったそうだ。
孤独死した彼が遺した物は借金しかなかったので、皆躊躇なく遺品をゴミ袋に次々と放り込んだ。
彼が最期に住んでいたこの家は築半世紀以上は経った二階建て一軒家だったが、ゴミの類が多すぎて1階の整理で1か月以上かかってしまった。

しかし2階へ続く階段には何も置かれておらず、窓も開けず数年間はたまったであろう埃で階段はほぼ灰色になっていた。つまり故人は2階にはほとんど上がっていないらしいということだった。
ならば2階は一部屋しかないから整理は早く済むかも、と考えた知人たち数人はその日のうちに片づけようと2階に上がることにした。

2階は階段の窓同様に雨戸が閉まったままで、蛍光灯も外されており、真っ暗だった。
スマホのライトで足元を照らしながら歩いた知人は窓を開けた。一気に西日が入り込みこの部屋を日の色に染める。

日に染まった部屋の床には紅白の紙で包まれた箱と、鏡餅を乗せるような三方が部屋中に転がっていた。
箱にはそれぞれ「〇〇家結納品」と毛筆書きされた熨斗紙が貼られている。
この場にいる全員が、知らない家の名だった。
「あの人、離婚した後はずっと一人でしたよね?」
故人には浮いた話どころかまともに会話する相手はヘルパーさんしかいない筈だった。

親戚のある人が箱を開けて中身を見た。
「あ、これ略式じゃない。伝統的な結構本格的な結納品だ。」
不気味に思いながらも他の箱を開けると、結納品で使う鮮やかな飾りが現れた。他の箱も同様だった。三方もすべて白木製である上にまるで昨日作られたような鮮やかさだった。


「これ見てください。誰かご存知ですか?」
親戚が見つけ出した札にこの結納品を取り交わしたらしい男女二人の名が記されていた。
故人の名ではない、今どきの若者によくありそうな名前だった。
そして誰もが知らない名前だった。


その札を見た途端、知人の中で急にイライラが募り、数秒後には怒りへと変化し沸騰した。
「あーもう!何か知らないけど捨てちゃいましょう!」
同調するかのように最初に箱を開けた親戚も大声を出した。
「捨てよう!あの野郎!生きてた時も死んでからも分けわからん面倒なモン押し付けやがって!」
「捨てよう!!」
「捨てちまえ!!」
「ぶっ壊しちゃいましょう!!」

瞬く間にその場にいた者全員が猛烈な怒りに染まった。
それぞれが無言で飾りを素手で折り、千切り、三方を足で踏み割り、熨斗紙を思いっきりビリビリに破り捨てる。乱暴に“結納品”を破壊し投げ捨てる音がひたすら部屋に響いた。
あらかたゴミ袋へ投げ捨てた時、ゴトン!と何かが落ちる大きな音がした。

それはあの札に書かれた男女の名前が記された結婚記念写真だった。鮮やかなその写真には紋付き袴と白無垢を着た二人が映っていたが、顔の部分だけ墨汁を垂らしたように真っ黒で見えなかった。
「うわ…何ですかこれ…?」
異様な写真を見た知人と親戚たちは、冷や水をかぶったかのように急に素に戻った。

よく考えたら、伝統式結納品の道具なんてこんな高価なものを誰のものかよくよく調べもせずに、いきなり感情の赴くまま破壊するなんておかしい。
今まで激高するという感情に無縁だった知人は自分を染めた怒りが怖くなった。

背中に寒いものを感じた知人は親戚と顔を見合わせた。
同じように恐れを顔に浮かべた親戚が、無言でその写真を見えないように紙に包み額ごとゴミ袋に捨てた。誰も止めなかった。


念の為、あの男女の名前をメモして、後日ヘルパーさんや他の親戚、ご近所さんにこの二人を知らないか聞きまわったが、結局何者か分からず終いだった。
怖がりな知人は何か祟りとか起きるんじゃないかとしばらく震えていたが、他の親戚同様に何事もなくすごしている。
ある一点を除いて。

「私も親戚もさ、あれだけ聞きまわったあの二人の名前を今は全く思い出せないの。スマホのメモアプリにもメモったのにエラーが出て開いてみることもできないんだよね。やだなあ…」

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

ヘッダー引用先
フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

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