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豆腐怪談 22話:車中泊

夜も更けた。日付が変わろうとしている。このまま高速道路を飛ばしても朝までに家に帰るのは無理らしい。眠い目を擦りながら夜の高速道路を走るのは死亡フラグもいいところだ。

とりあえず人の出入りが少なさそうな、ある小さなサービスエリアの駐車場で車中泊することにした。サービスエリアといっても、狭い駐車場に小さなトイレと自動販売機が数台並んでいるだけの無人サービスエリアだ。
この駐車場にはほかに車の影がない。ここには自分一人しかいないらしい。今はとりあえず静かに眠ることができそうだ。
フロントガラスに日除用のサンシェードを付け、他の窓には旅先で買った地元の新聞紙を貼って、とりあえず街路灯の光避け兼覗き見防止用フィルターとした。
フラットに倒した助手席にドアを背にして横たわり、眼鏡を外して目を閉じた。

どのくらい経ったのだろう。
ゴソゴソという音と、ボソボソと耳障りな音がする。やがてそれは自分に話しかける声として耳に入ってきた。
「あけてくださーい、あけてくださーい」
薄目を開けて助手席の窓を見る。人型の影が新聞紙に写って消え写っては消えていく。車の周りを歩いているようだ。

「あけてくださーい、あけてくださーい」
声はなおも耳に入ってくる。こんな時間にこんなところで車の周りを歩く奴なんか怪しい奴に決まっている。
面倒だからタネキ寝入りを決めることにした。
「あやしい奴ではないです。あけてくださーい」
そう言われて開ける馬鹿はいない。
そして私は面倒臭がり屋だ。
(警察でもない限り開けるかよ)
人型の影は一瞬だけとまった。そして頭を左右に振った。

「そうです。けいさつです。あけてくださーい。あけてくださーい。けいさつです」
人型の影は動き出した。
“そうです。けいさつです。”
コイツは今何を受けてそうですと言ったのか。
「そうです、あなたの言うとおり、けいさつです。あけてくださーい。あけてくださーい。けいさつです。けいさつです。けいさつです。けいさつです」

自分は何も声に出して言っていない。
間違いない、コイツは関わってはいけない“何か”で、そして言われる通りドアを開けたら何するか分からない、かなり怖いタイプのオバケだ。

急に、ダン!と音がして窓が揺れた。
思わずビクッと体を震わせてしまった。反射的に助手席側の窓を見ようとして、住んでのところで思い止まった。
窓から座席に落ちた人型の影が張り付くような形をしていていたのが見えたからだ。
奴が窓に顔を押し付けている。新聞紙の隙間からこちらを見ようとする視線が刺さる。
「けいさつです。あけてくださーい」
影が顔を張り付けたまま移動したのが、座席に落ちた影で分かった。

薄目を開けた視界の隅で、サンシェードとフロントガラスとの枠の隙間から何か見えたような気がした。真っ白で歪な形をした人の指だった。
そしてサンシェードの下の別の隙間から視線が肌に刺さるのを感じた。覗いているのだ。
嫌な汗で背中で落ちるのが分かった。震えそうだ
寝返りを打つフリしてフロントガラスが見えない位置へ頭を動かし、後部座席の窓の下に顔の正面を向けた。

その時だ。
薄目の視界上に何か見えた。後部座席の窓にべっとりと顔が引っ付いていた。
新聞紙の隙間から白濁した目だけが見えてしまった。
その目と視線が合った。視線があった瞬間その目は歪み、嗤った。眼鏡をかけていないのにはっきりと見えた。

「アハハハァ!見えてるんじゃないか!」
車の上から笑い声が聞こえた
白濁した目はじっと見つめたまま嗤っている。
「アハアハ、アハハハァァーー!」
笑い声は車の中で響いている。
「もういいよね、あけちゃいなよ。あけなよ、あけなよ、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて」
ガチャガチャとドアを引っ張る音が笑い声に重なった。

もう限界だった。掛け布団代わりの上着を頭からかけて震えるしかなかった。

数時間後、人生で一番待ちわびた日の出と共に、声と人影と目は消えた。
恐る恐る周りを窺いながら車の外へ出た。車の周りには誰もいなかった。
「あああ、怖かった~」
脱力しながら車に寄りかかろうと車のドアを見た瞬間、思わず絶叫した。


車のあらゆるところに手形がビッシリと埋めるように貼り付いていた。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

ヘッダー引用先
フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)https://www.pakutaso.com/20200225037post-25673.html

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