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豆腐怪談 8話:黄昏時の海
「うーん、怖いというより、不思議な話ですかね」
そう切り出したのは海沿いの町に住む人だ。
彼女は夕焼けの海の砂浜で愛犬と散歩するのが日課だった。
「私、夕焼けの海が好きなんです。茜色が紫へ、空と海が夜に染まっていく瞬間が好きで、毎日見ていても飽きなかったんですよ」
その日は晴れて良い夕焼け日和だったが、風がとても強かったそうだ。
赤と紫のグラデーションが緩やかに移ろぐ空の下、茜色と影のコントラストを形を変えながら描く高い波が美しかった。彼女はそれを愛犬のコーギーと眺めていたそうだ。
「波の影の裏に何かいたんですよ。影で浮かんでいたからすぐには気付かなかったんです」
ふと抱っこしているコーギーの顔に変化があった。波に向かってヴヴヴ…と唸って警戒している。温厚で人懐っこいこのコーギーがこんなに険しい顔をするのは注射の時しかない。
「どうしたの?」
呼びかけてもコーギーは反応せず、じっと海を見て唸りながら警戒し続けていた。
何か海に浮いてるものでもあるんだろうか。
彼女は嫌な予感がしながらも海を注視した。
よく見ると、高い波の影で棒のようなものがゆらりゆらりと浮き沈みしている。その先端に何か長い白い布みたいなのが付いており、風にあおられはためいていた。
「ただの棒、だよねえ…?」
コーギーに安心させるようにそう話しかけたが、コーギーは唸り続けたままだ。
コーギーから目を海に戻した。
棒は一本だけではなかった。
すぐ横の波影でも棒は浮いていた。その後方の波影で、前方の波影で、同じように棒とその先端の白い布が、同時に揺れていた。
「気が付いたら海一面が棒と白い布だらけだったんです」
とても嫌なものを感じた彼女はコーギーを抱え、その場から一目散に逃げた。
そしてあの日以来、お散歩は朝に変えたそうだ。
【終】
※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。
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Photo by Dmitry Bayer on Unsplash
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