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豆腐怪談 21話:根付かない花

友人の趣味はベランダでのガーデニングだ。
今はリモートワークだとかステイホームなど身動きもままならないこんなご時世だが、趣味に没頭できる時間ができたのだけはありがたいと言っている。
「今年はユリをいくつか育ててるよ。実家ではできなかったから楽しみ」

彼女の実家は庭付き一軒家にも関わらず、ガーデニングができない家だった。その庭は日当たりは良く風通しもいい、まさにガーデニング向けの庭の筈だった。
しかし、雑草は毎年抜いても生えるくせに、花を咲かせる草木は丁寧に世話をしても何故か毎年枯れてしまったんだそうだ。
「正確には花はちゃんと咲いたよ。でもどんな花も咲いた途端に何故か花や葉っぱが脱色して枯れちゃう。だから種や球根が育たなかったんだよね」
既に咲いてる花の鉢植えを庭に置いても、同じように三日もたたずに脱色して枯れてしまったそうだ。

「病気にはなっていないし、虫も付いていなかったのにさ、どの花も枯れちゃうんだよ。訳わかんないでしょ?アタシも親も首を捻ったよ」
友人は声をひそめた。
「でもね、一応さ、アタシは原因は知ってるんだ。でもアレはどうしようもないんだよねー」

友人が高校生の頃だ。
ある日、深夜までテスト勉強をしていた友人は部屋の窓を網戸にしたまま寝落ちしてしまった。眠りが浅くなった時、庭から流れてきた芳香で鼻を刺激された友人は目が覚めた。
庭には諦めていなかった母親が埋めたユリが咲いていた。オリエンタルハイブリッド系という香りが強いユリの品種と聞いていた。
満月の明るい夜のもと、ユリは月光をうけて綺麗に咲いていたそうだ。


しばらく眺めていると、雑草の間から白く長いものがぬっと現れた。
人間の腕だった。

血の気のない青白い腕だけが現れた。
その腕はするすると不自然に長く伸び、地面を這うようにユリに近づいていった。
ユリの根本にたどり着いた腕は手を軽く握り、人差し指と中指をのばした。ユリの根本から茎へ、広がる葉へ、花びらへと順にユリを愛おしげにゆっくりと撫で上げる。最後に手のひらを開き、花に触れるか触れないかの微妙な位置で撫でた。
そして腕は煙が拡散したかのように消えてしまった。
撫でられたユリはピンク色から、淡い桃色に変化し色が薄くなっていた。

(うわっ!なにあれ怖っ!)
怖くなった友人はその夜は布団にくるまって寝たが、気になってしまい、昨夜と同じ時間にこっそりと庭を見てしまった。
その夜もあの青白い腕が現れた。同じようにユリを愛おしげに撫でた後、霧散した。花は完全に脱色し、茎や葉もところどころ白くなり、葉の先端が枯れ始めていた。

ウチの庭で花がすぐ枯れてしまう理由はこれだったんだ。
とんだ花好きが庭に居座っていた。あんなのがいたらどの花も枯れてしまうわけだ。
友人はこの家で植物を育てるのは諦めた。

「実家はアイツのせいで花が根付かない庭だったんだよね。……アレの関心が今も花だけならいいんだけど」
友人は少しだけ不安を顔に浮かべた。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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