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豆腐怪談 23話:雪道に立つ人
庭の草刈りに来てくれたシルバーさんから聞いた話。
彼は事情があって11歳の一時期を雪国の祖父の家で過ごしたそうだ。
祖父が住む雪国は豪雪地帯というほどでもなかったが、それでもほぼ毎日雪かきが欠かせない程度には雪が降り続ける地だった。
ある日祖父と山を越えた先へ買い物に出かけた時だった。その日は昼間でも細かい雪が斜めに降り続けていて視界が少し悪かったという。
祖父が運転する車の助手席に乗っていた彼は、ふと人気の無い道端に一人立つ人影を見つけた。
雪の薄い簾のような半透明の視界の中、木と木の狭間、道端にひとり男がいた。
男の顔はそこだけ白い霧がかかったようでよく見えなかった。
「じいちゃん、誰か立ってるよ」
祖父は道端の男を一瞥したが、放っておけと言っただけだった。
その男の前を通り過ぎるときに、男が口を開いた。
「たすけて、さむいんだ」
止まらず通り過ぎた筈なのに、何故かはっきりした声が車の中に響いた。
「じいちゃんいいの?!」
悲痛な声に怖くなった彼は思わず振り向こうとした。
「見るなッ!!」
急に頭の上に降ってきた大声に彼は思わずびくっとした。その反応に祖父はしまったという顔して宥めるように言った。
「驚かせてごめんなぁ〜、怒ったんじゃないんだ。アレはな、振り返って見ちゃいけないんだよ。返事もしちゃいけないんだ」
「どうして?助けてって言ってるのに?」
「アレはあの道で死んだ行き倒れだからだよ」
「行き倒れって……あれは幽霊なの?」
そうだよと祖父はあっさり言った。
「“たおれさん”と言ってな。アレは一人ぼっちで雪に埋まっとる。だから仲間を欲しがって、ああやって話しかけているんだよ」
もう振り返っていいぞと祖父は言った。
恐る恐る振り向くと男は消えていた。ただ雪が男が立っていた場所に津々と降り注いでいた。
「ねえ、じいちゃん。返事しちゃったらとどうなるの?」
「“たおれさん”の代わりに、振り向いたり返事をした人があの道で行き倒れになっちまって、あそこに立つんだ」
「それって…」
「そう、死んでしまうんだよ。そして前に立ってた“たおれさん”はあそこから離れることができるんだ」
祖父は路肩に車を停め、彼の方を向いた。
「春になって雪の下から死体が出るまで、“たおれさん”は雪の中は冷たいってずっと泣いとるんだわ」
祖父は彼の目をじっと見つめながら、諭すように語り続けた。
「そこから出るために、あいつらはなんでもするからな」
そして彼の両肩に手を置いた。
「人みたいに話しかけるが、もう人じゃないんだ。相手が子供だろうが何だろうが雪の中に引きずり込むぞ。気を付けろ」
一週間後、同じ道を通ったときにまた人型の影を見た。
人型の影はロングコートの女性だった。
人型の影の顔は雪がべっとりと張り付いて見えなかった。
「さむいよ、さむいよ、いたいよ」
また車の中で泣くような声が響いた。
通り過ぎた時、祖父が舌打ちをした。
【終】
※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。
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Photo by Ben Parker on Unsplash
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