春風と共に去りぬ

初夏だし駄菓子屋に入り浸ったりしたいと思いつつ、流れで今日も生きている。何もしていない。

梅雨のこの感じは、死んだ春の死臭を嗅がされているようで何だか陰鬱な気分になりがちだ。この気持ちは東京に出てからより強くなった。
土の香りも木々の濡れた香りも薄く、雨に薄められた排気ガスの気味悪い臭いと飲食店の脂ぎった匂いが混じり漂う。

自然な香りに関しては無臭の雨。
それは、より春の死を感じさせる。コンクリートの上を秩序だって流れる雨からは生の匂いも音もしない。

アームストロングとオルドリンが星条旗を月に立てているとき、コリンズは何を思っていたのだろうか。その場にいたのに月面に降りることもなく、月の周りを漂っていた。
私はとても誇らしく、偉業に立ち会えたことに喜んでいたのだろうと思う。
特等席だ。当人以外でその場で偉業を達成したことを証明できる唯一の人間だ。そして、「第三者目線」を持ってその光景を見ることができる。
これは月に降りた当人たちにはない目線だ。そして、達成した事柄を証明する人物でもある。
だから私はコリンズになりたいと思っていた。

昨日6月21日にインセインというTRPGの『絡繰たちの斜陽世界』キャンペーンシナリオ「春風と共に」をプレイした。
硬くて硬くて落ちやしないと高をくくっていた相棒が即座に落ち、囮用にセッティングした私のキャラクターが硬さを活かしてエネミーを蹂躙した。こうして私達はまだ旅を続けることができた訳だ。

春風と共には有料シナリオな上、インセインはネタバレ厳禁なシステムだ。だから多くは語らない。語れない。
とはいえ口を噤む事は私にはできないので、少しだけ、シナリオの核心には触れないように思いの丈を書き連ねたいと思う。

シナリオ名にあるように、あの街を私達のキャラクターが訪れたときは春だった。私達が春風と共に去ったあと、梅雨は来るのだろうか。それとも私達が暮らす極東の国とは違い、梅雨などという憂鬱な時期は来ないのだろうか?

私には解らないが、せめて四季があると嬉しい。
夏の茹だる様な暑さの中、青草の薫りと共に一筋の風が駆け抜けてほしい。秋には実りを誇示するように熟れた果実を揺らし、落ち葉の音を静寂の中に響かせて欲しい。冬は純白のドレスを纏った地を這うように、鋭く、痛いほど冷たく風が吹いていてほしい。

そうして一巡したあと。
夏ほど高くない空。
地には生命の息吹。空には鳥の群れ。
そんな光景を見るために春風と共にまたあの街を訪れたい。

春告鳥が鳴いたら。
「久しぶりだね」と一言、誰にというわけでもなく、言葉を空に溶かしたい。

私はコリンズ。偉業を見ていた。

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