貴種流離譚、或いは物語類型をまとめるよ

 キシュリューリたん! これは流行らなかったご当地ゆるキャラの十把一絡げのひとつです。多分佐賀じゃないかな。あそこは何もない荒野、いや、虚数空間だからな。わたしは『ライオンキング』が嫌いだ。王だから王なのだ、と言われるとスカーが可哀想になってくる。後天的才能は無益なのかよ。西欧だから西欧なのだとアジアを侵略していい謂れはないでしょう?

 さて、どうやら普遍的な物語というものは存在しないらしいぞ、とある界隈は慌てふためいているとのこと。まあ、そうかもね。『伊豆の踊り子』で学生さんが芸者さんに投げ銭を放る箇所で「んん? 学生時代ってお金なくない? そもそも芸者さんってどんな職能のひとなんだっけ? その時代ってそれは何を意味するマナーなの?」と同じ国の口語体になって久しいのに、こんなにも断絶がある。

『鬼滅の刃』の興行収入が宜しいらしいが、ピンと来なかったので見ていない。漫画史上でも夥しいテクニックの蓄積の果ての作品であるとのことだけど、映像で見るには説明が多くて厳しくて……というか、これが物語のすべてじゃないですからね?
 これは成長譚というよくあるサブジャンルであって、部分集合の要素ですからね? レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーローがビジネスパーソンとしてもりもり圧倒的に成長して「よし、今回のオポチュニティを活かし、次は事件が起きる前に防止するよう、警察に見回りを強化して貰えるようネゴシエートしよう!」という風にはなりませんからね?

 これは師曰く「小説というものは、騎士道物語以降、須くピカレスクである」とのこと。噛み砕くと、王侯貴族、騎士、高僧についての物語は信仰篤く迷いもしないし悪心を抱くこともない。そんな人間と追になるのは悪漢であり市民であり、要するに迷い悩み苦しむ我々の物語である、と。小説の対義語は大説であり、それはとどのつまり歴史だそうだ。なるほど。

 物語って構造ってものがあるよね、というのは以前述べた。例えば起承転結であったり、序破急であったり、三幕構成と呼ばれたり。ただこの謂だと大枠過ぎて実践的ではない。「哲学とは……畢竟、非哲学なのだ」と言われても困るのと同様。という訳でハリウッド式の物語類型をまとめる。ハリウッドは最高だ。なぜならハリウッドだからだ。

 まず物語類型として下記の様に細分化出来る。

・家の中のモンスター:何らかの罪で逃げ場がないところに怪物が来る
・金の羊:旅の仲間、要するに空っぽの宝箱、みんな大好き『鬼滅の刃』
・魔法のランプ:『ドラえもん』等の例のアレ。たらればとルールと教訓
・難題に直面した平凡なやつ:頑張れ中年男性!
・人生の節目:人生というモンスターってのがいるんだよ、失恋とか
・バディとの友情:セックス抜きのラブストーリー
・なぜやったのか?:広義のミステリだが探偵が出なくてもいい
・バカの勝利:『フォレスト・ガンプ』等の例のアレ。賢しらなのが敵
・組織の中で:『ゴッド・ファーザー』等の例のアレ。アイデンティティ
・スーパーヒーロー:いつもの。大衆は馬鹿

 次に構成を見ていく。

・オープニング・イメージ:大体こんなジャンルのこんなスケールの話です
・テーマの提示:こういう問題をこの物語で解決しますよ
・セットアップ:登場人物紹介。ここで伏線を張りますよ
・きっかけ:セットアップで出てきた連中を問題に放り込む
・悩みのとき:問題の渦中において、疑問を抱くよ(アンチテーゼ)
・第一ターニングポイント:悩みを行動に移すよ
・サブプロット:ちょっとした別の物語。後々主人公の背を押すことも
・お楽しみ:トレーラーに出てくる見所。トレーラー以上の必要がある
・ミッド・ポイント:偽の絶好調・絶不調。危険度を上げる
・迫り来る悪い奴ら:ミッド・ポイントを覆す
・すべてを失って:物語が始まる前より悪い状態になる
・心の暗闇:上述からSATORIへと至る道筋
・第二ターニングポイント:サブプロットが合流してジンテーゼに向かう
・フィナーレ:これまで語ってきたことを統合した、新しい世界
・ファイナル・イメージ:オープニング・イメージの対になるもの

 だだだっと列挙したけども、物語類型と構成の掛け算でハリウッド脚本は成り立っており、どんな物語であれば例えば「心の暗闇」が大体どんなものかというのはおおよそ決まっているんだって。詳しくはブレイク・スナイダーに訊いてくれ。なぜならわたしはハリウッドじゃないからだ。


 わたしは天沢退二郎の流れで『電脳コイル』という作品が大好きなんですが、今年見返して「なんてハリウッド的なんだ」ってびっくりしました。この場合はハリウッド的じゃなくてもよかったのに、という意味です。アレは「上手く弔えなかったものは祟る」という話であって、喪の話なので「ああ、デンスケはほんとうに死んでしまったのだわ!」の時点で日本的には話は終わりな訳です。その後のドッカンドッカンは実のところ些事なんです。あったらあったで嬉しいんですけど、そこまできっちりきっちりやっちゃうのがハリウッドっぽいなあ、と。

「普遍的な物語というものは存在しないらしいぞ」と言っておいて今までの話はなんなんだよ、と言いますと。じゃあ全く別のイノベーティヴなサムシングをゼロからクリエイトしよう、そんなのピース・オブ・ケイクだぜ……というのはアーシュラ・K・ル=グウィンが言うところの「どんなに頑張ってもゴミみたいな作品は出来る。でも、ゴミを作ろうと思ったら確実にゴミが出来る」という負け筋じゃないかと思ったからです。
 それに勿論、型を知らねば型ぶりも何もないのだし、魂を削って書いた物語がよくある量産型のソレで、他のひとが片手間に出来るやつとかだったら、切のうございますでしょう。

 去年の今頃七転八倒しながら書いた小説があるのだけど、丁度その頃何故か年若い方に「お前は絶対これが好きだからこれを読むのです」と夢野久作の短編集を押しつけられていて、パラパラめくっていて「このひと『ドグラ・マグラ』が異常だった訳じゃなくて、大体こういう書き方するひとなんだな……」と若干呆れつつ『妖の鼓』へ突入。後書きで「あの作品はわたしの筆力が足りなかったので小細工を弄しました」とあり、「あの夢野久作が? それがプロット? 何か引っかかる思わせぶりなところあったっけ? そもそもわたしは小説を読めていないのではないか?」とさらに七転八倒してなんとか作品を終わらせたのは良い思い出でもなんでもなくて。

 未だに目の前に広がる茫漠たる白紙が怖い。

なんかくれ 文明とか https://www.amazon.jp/gp/registry/wishlist/Z4F2O05F23WJ