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お金を払えるうれしさをはじめて知った日のこと

4月末の平日、買い物のために街へ出ると、街の店の半分以上が臨時休業になっていた。個人店からチェーン店まで、飲食店から洋服屋まで、店の明かりが消えて陽の光が店内を薄明るく照らすだけ。街をグレースケールで塗りつぶしたような光景だった。

歩いているだけで涙が出てきそうで、こんな街の景色は二度と見たくないと思った。何かできることはないかと思い、知ってはいたが入ったことがない花屋で花を買った。洗面台で過ごす時間がいつもより心地いい時間に変わった。

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今回は、いま一人ひとりが街の風景を守るためにできることの話をしたい。

喫茶店のおじいちゃんと私

3月末、東京都の外出自粛要請が出た。よく通っている店から、一度訪れただけの地方の店まで「一時休業」のお知らせがSNSで流れてきた。私が以前働いていた店も、しばらくの間休業すると決めた。SNSをやっている店は様子がわかるが、そうでない店はなにもわからない。

SNSなんてやっているはずもない、70近いおじいちゃんが営む近所の喫茶店のことが気がかりだった。おじいちゃんと仲良くなったきっかけは、レジだった。Airレジ(レジアプリ)に変えたばかりで使い方がわからず、私のお会計に困っている店主に使い方を教えたら「ありがとう。うちで雇いたいくらいだ!」と言ってくれた。かわいらしいおじいちゃんだな、と思った。

その日から私は本の原稿に詰まったら、喫茶店で書くことにした。店主は進捗を気にしてくれていて、私がゲラ(校正刷)を見せると「これ、ぜんぶ自分で書いたの?ほんとか〜?」といじわるに笑う。地元におじいちゃんができたように嬉しくて、週1回で店に通った。

父に「最近よく行く喫茶店があって…」と一連の出来事を話すと、なんと父は15年来の常連ということがわかった。父と一緒に訪れるとおじいちゃんはとても驚いた。地元っていいものだなと思えたのは、人生で初めてかもしれない。

臨時休業と13個のマフィン

緊急事態宣言が出て3週間たった頃。外出した際、店の前を通ると「しばらく休みます」とだけ書かれていた。一旦肩を落としたが、もしかしたらおじいちゃんが中にいるかもしれないなとのぞいてみると、店の奥の方に座っているのが見える。ドアを開けて挨拶すると、「おぉ、元気にしてたか、入りなよ」と中に入れてくれた。

4月中頃までは通常営業していたこと、周りの店舗が次々と休業していくなかで営業していること自体が悪いと思えたこと、今はたまに店に来て行政の助成金手続きをしていること……いろんな話をしてくれた。私の本も本屋で買ってくれたらしい。ほんとうにおじいちゃんみたいじゃないか。

私が好きなメニュー「マフィン」の在庫が残っているのではないかと聞くと、冷凍保存したものが13個あった。数週間は保つらしいから、全部買い占めた。帰り道に馴染みの古本屋の店主に事情を説明して、5個おすそ分けした。

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この原稿書いているいま、ラスト一個のマフィンをお店で出しているように蒸して食べている。

マフィンを買った時、薬局で歯ブラシを買う時とは全く違う買い物だなと感じた。欲しいものを手に入れるためにお金を出したわけではなく、おじいちゃんが店を再開するための力になりたいとだけ思っていた。究極、マフィンは手に入らなくてもいいのだ。好きなお店が街からなくならないでほしい。おじいちゃんの「くくく」の笑い声がまた聞きたい。その気持ちだけだ。

気持ちいいお金の使い方

おじいちゃんの喫茶店だけでなく、一時休業を選んだ好きな店に対して自分にできることはないかと思い、数軒に微々たる金額だが先払いしたいと連絡した。すると、全ての店主から「その言葉をもらえただけでありがたい。まだ倒れないから、再開したら食べに来てほしい」という返事が返ってきた。こんな状況にならなければ、好きな店がこれほど大事だとは気づかなかっただろう。

数年前から聞くようになった「消費は投票」の言葉をこれほど身に染みて感じる生活もない。そもそも家から出る機会が減ったからお金を使う場面が少ない分、財布から出すときに考えるようになった。自分の好きなもの、続いてほしいと願う場所・店にお金を渡したい。そういう時に財布から出すお金はただの紙切れではなく、自分の心の化身だなと思う。「釣りはいらねぇ」とでも言いたい気持ちだ。

持っているお金を使って、気持ちいい循環の一部になりたい。自分が払えるお金は微々たるものかもしれないが、お店はお客さんの微々たるお金が積もって続けられるのだ。


常連になる、という応援

コロナの影響を受け、政府から一律10万円の給付金が受け取れることになった。幸い、私は記事を書いたりレシピをつくったりする仕事をしていて、普段に比べて収入は減ったものの生活するお金はある。10万円は国からもらったお年玉として、お店の応援に使いたいと思っている。

給付金をきっかけに生活に余裕がある人は、常連の店を一つか二つ作るといいと思う。すでに常連の店があるならば、通い続けてほしい。三ヶ月先も、一年先も、あってほしいお店にお金を渡すのだ。
私は食べ歩きが好きなので飲食店で使いたいが、洋服好きはセレクトショップや古着屋に、音楽好きはレコード屋やライブに使ったらよいと思う。

街は、一つ一つの店が連なってできている。店主の個性が光る店が、一つでも多く街にあってほしい。一人ひとりが、常連の店を一つ持つだけで、街は少しずつ元気になっていくかもしれない。

追記
おじいちゃんの喫茶店「茶房武蔵野文庫」は営業を再開した。

この文章は、freeeがnoteで開催する「 #給付金をきっかけに 」コンテストの参考作品として主催者の依頼により書いたものです。

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