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20年ぶりのハムサンド

実家の最寄り駅のそばに、グレーヘアの女性が営むレトロな喫茶店がある。私が幼い頃、父と一緒によく訪れた。父はコーヒーを飲み、私はハムサンドを食べるのが定番だった。

店主の女性は美術教師のような凛とした空気をまとい、いつも黒い服を着ていて小さい私にとってはすこし怖かった。

それから私は地方の寮制の中学校に進学し、ぱったりと行く機会がなくなってしまった。でも、帰ってきて店の前を通るたびに、店主の顔を思い出す。いまも元気にされているのだろうかと思い続けていた。
周りの風景が移ろいゆく中で、お店は変わらずそこにあった。

あれから20年。

今日、勇気を出してお店に入った。
店主は歳を重ねながらも、変わらない姿でそこにいた。それだけですごく嬉しかった。

ハムサンドを頼むときに、この店によく父と来ていたことを伝えると、最初は「なんとなく覚えている…」と話してくれた。

ハムサンドとコーヒーが出来上がる頃に、「奥の席にいつも座ってたお父さんよね?小さい子と来て、ハムサンド頼んでたの思い出してきたわ。でも20年も前だとわからないものね」と笑った。怖い印象はすっかりどこかへいった。

ハムサンドは野菜がたっぷりで、サラダみたいだった。一口食べると、レタスときゅうりがパリパリで、あぁこんな味だったかもとじわじわ思い出す。20年ぶりに食べる食べ物ってだけで、なんだか泣きそうになる。手を止める間もなく、するするとお腹のなかにおさまった。

この店で初めて飲むコーヒーは、ちょうどいい苦さで安心感があった。

帰り道に名刺を渡して、再会した恩師に話すようにいまの仕事の話をした。店主は
「インスタントや買ってきた惣菜もちょっと工夫するだけでおいしいのよ。レトルトカレーに炒めた玉ねぎとカレー粉を入れたり、惣菜の唐揚げをアレンジして酢鶏にしたり。経験とアイデアが大事ね」と教えてくれた。

店を出て階段を降りると、後ろから「風邪ひかないように。またお待ちしています」とひとこと。

近々、また父と訪れようと思う。

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