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『浮世絵』と『ラブライブ!』は同じ!? ~オタクが行く!東京藝大美術館、大吉原展レポ~

人身売買に強制労働、女性の人権が甚だしく害された暗黒時代…。

そんなイメージのある吉原遊郭。
だが、実際はそれなりに生活があって、娯楽もある場所だったようだ。

人が集まればルールが生まれる。
たとえ与えられた環境であっても、努力出来る奴は伸びるし、努力出来ない奴は売れ残る。

そんな吉原遊郭の姿を浮世絵を見ながら学べるのが『大吉原展』だ。

私は今回美術館に足を運んで鑑賞したが、浮世絵なんて著作権はとっくに切れているので、ネットで探せばいくらでも作品が見れるぞ。

気になったらぜひ検索して鑑賞してほしい。

まずはざっくり、吉原の歴史について話そう。

時は1603年、徳川家康が江戸幕府を開くと
『江戸をめっちゃ都会にするぞー!』
と建設ラッシュが始まる。

土方仕事と言えばやはり力のある男性の仕事。
関東中から男手が集められ、江戸中期においては人口の3分の2が男性という記録が残っているそうだ。

そんでもって、男が集まれば女遊びの需要も高まるもの。だんだんと遊女屋が出来始める。

ただ、幕府としては街の中心街に遊女屋が乱立するのも困る。だって風紀が乱れるし。なので最終的に

『別の土地用意するから、遊女屋はそっちでやってくんね?』

と条例を出した。それが俗に言う“吉原遊廓”だ。
(もうちょっと紆余曲折はあったようだが、ざっくり説明なので細かな流れは端折った。)

こういう経緯もあって、遊郭というのは幕府のお目こぼし的な感じで存在していた。
だから全くの無法地帯という訳ではない。ある程度は管理されていた。

当然、幕府に届け出をせずに店を開いたら摘発される。それは現代でも一緒だ。

で、どんな女性が遊女になるのかというと、やっぱりだいたいは貧しい家の女性。

当時もスカウトマンみたいな奴がいて、良さげな女の子がいたらその家の人に声をかける。
安くて50万円~、高いと200万円~300万円くらいで買い取って家の人にお金を渡し、女の子はその分を返済するために働く。

ま、この点においては人身売買だ。
親が子どもを売るって事なので。

だが、女の子の頑張り次第では良い旦那さんに拾われる(身請けと言う)かもしれないし、引退後には自分で店を出せるかもしれない。返済額とは別に、客からチップを貰うこともあるので、頑張った分だけのお小遣いは自由に使えたようだ。

ちなみに上記の浮世絵は『吉原の花』という作品なのだが、遊郭での遊びのシーンなのに女性しか描かれていない(!)

これは何故かと言うと、作者の歌麿的には

『だって男を描いたって美しくないじゃん』

との事だそうだ。

つまり『ラブライブ!』で殆ど男キャラが出てこないとか、『お兄ちゃんはおしまい!』で男が強制的に女に変換されるとか、そういうやつか!!

この発想、この時代からあったんだ!?

オタク文化に通ずるものとして、遊女が男装したり、客が女装をして遊ぶというのがある。

上記の絵はよく見ると女性が男性の格好をして練り歩いている。
吉原では定期的に祭りが開催されて、その時に遊女が男装をするパフォーマンスはよくある事だったようだ。

日本人は昔っからハッチャけると女装・男装をし出す傾向があるらしい。
一度明治時代かどこかで

『そういうの、はしたないからやめろ!』

と禁止令が出たそうだが、時は移り変わり、現代我々はアニメのコスプレという文脈で異性装を楽しんでいる。

歴史、繰り返してるな…。


浮世絵の中には遊女が手紙を書いたり、生け花をしたり、芸事に打ち込む姿の描写もたくさんあった。

上記の浮世絵は客に恋文を書く遊女の姿。
現代風俗で言うと“写メ日記”とか“お礼日記”に近しいものだろうか。

ていうか遊女も普通に文字の読み書き出来るんだ!?…と思ったら、どうやら諸々教育は受けていたらしい。

ただただ性を売るだけでは良いお客なんて取れない。
銀座のホステスと同じく、一般教養やら立ち振る舞い方やら、色々学ぶ必要がある。

学ぶものはザッと以下の通り。

読み書き、そろばん、茶道、華道、香道、書道、和歌、漢詩、囲碁、将棋、琴、三味線、唄、舞踊、胡弓、鼓…

多いッッ!!!

中には絵心に長ける遊女もいた。
全部を身に付ける必要はないが、やはり何か特技があると

『おっ!この子はちょっと違うな!?』


って一目置かれた存在になれる。
当然、男性からのモテ度も段違い。身請け…つまり自分を買い取ってお嫁さんにしてくれる可能性も高まる。

そりゃそうだよな。
私だって股開いてるだけの女より、何かしら極めてる女性の方が魅力的に思うし、そういう人と伴侶になりたいって思うのは当然だ。
絵が描ける遊女と一緒に合同誌作る人生とかめちゃくちゃ楽しそう。

絵心の話ついでにちょっと脱線するが、浮世絵って表現がマンガチックだなぁと思った。

昔何かの拍子に『浮世絵はマンガの前身』なんて聞いたことがある。マジマジと観察すると確かにそうだ。

これは『善玉・悪玉絵』という、腸内細菌みたいな名前の画。今で言う“天使と悪魔の囁き”みたいなやつで、たびたび浮世絵に出てくる表現だ。

この善玉・悪玉。キャラクターに動きがあって、静止画なのに今にも動き出しそうだ。
週刊少年ジャンプのアクションシーンみたいなパースの効いた人物描写。

西洋絵画のようなぼんやりした油絵調ではなく、境界線がハッキリしてる。そんで塗りもアニメのセル画っぽく、色や影のグラデーションを単純化させて表現している。

おーん、これはマンガの息吹を感じる!

▲明治初期の吉原遊女の写真

目をデカく描くか、細く描くかの顔立ちの違いはあれど、技法は同じ。

むしろ当時の写真と見比べると、デフォルメとしては浮世絵の方が正しくデフォルメされてる気がする。

萌え絵調のイラスト描いている自分が言うのもなんだけど、私、なんでこんなデカ目の絵描いてんだろ…?


で、話を戻すと…。

“昔の人”と聞くと“野蛮で下劣で知能が低い”なんてイメージで見られがちだが、実は今の私達となんら変わりはない。 

現代とは多少ルールは違えど、遊郭にも遊郭のルールがあって、その中でみんな頑張ってた。

どうやったらこのルールの中で有利に立ち回れるか?と考えられる子はやっぱり売れる。

勉強が出来る事も有利に立ち回れる事のひとつ。

地方の商人にとって元遊女は歓迎される存在だったのだとか。なぜなら、遊女の中には読み書き・そろばんのできる女性が多く、商家の事務方の仕事を任せることができるからだ。

6代高尾太夫っていう遊女は才色兼備の極みみたいな女性で、榊原っていうめっちゃ金持ちに6000両(現在で言うと5億円くらい)の値段で身請けされた。

今だってそうだ。
社会のルールの中で上手く立ち回って、自分の得意分野を伸ばしたり、時にはおべっか使って出世したり。起業家とか特にそうだよな。

あ、別に頑張らないっていう戦法もある。
のらりくらりが上手な子は、案外それで上手くいく事もある。

同じ会社で勤めていたって、仕事と上手く向き合って幸せな社員もいれば、何もかもスベってて不幸な社員もいる。

世間で言われてるホワイト企業ってやつに就職したって、結局うつ病になって辞めてしまえば元も子もない。逆にブルーカラーと言われる職の方が、時間の拘束が少なく、給料もそこそこで楽しく生きれるかもしれない。

遊女は幸せだったのか?
それとも悲惨な存在だったのか?
というクエスチョンはナンセンスだ。

結局は自分の人生と向き合って、上手く立ち回れる人間が幸せになれるって話だな。

売店で猫が描かれた浮世絵クリアポストカード買った。
何故猫?というと、当時遊女の間では猫を飼うのがトレンドだったらしい。

畳の上に転がる遊女のかんざし。そして窓際に手ぬぐい。 
直接的描写はないが、事後を想像させるような構図でオシャレだなと思い、つい買ってしまった。

遊女の部屋から外を眺める猫は、一体何を考えているのだろうか。