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骨髄ドナーに選ばれたので手術してきた話

ある日、スマホのSMSにこんなメッセージが届いた。

日本骨髄バンク…?
そういえば昔、骨髄バンクのドナー登録をしたっけな。


登録したのは10年くらい前になるだろうか。
私は献血が好きで、18歳から定期的に献血に通っている。

いつだったかの献血の時に、『ついでに骨髄バンクのドナー登録もしませんか?』と言われた事を思い出した。


それが今、時を経て、どこかの誰かのドナー候補者に選ばれたのだ。


確か骨髄のドナーって、なかなか見つからないんだよな。昔聞いた話だと、赤の他人で一致する確率は数万分の一だと聞いた気がする。


それって運命じゃん!
不特定多数の誰かじゃない。
私と一緒の型を持つ“仲間”が助けを求めてる。

であれば協力するしかないでしょ!

■ドナー候補から正式なドナーに決定的!


さっそく骨髄バンクに連絡を取ると、骨髄バンクのコーディネーターと名乗る人物から折り返しの電話がかかってきた。


名前を仮に高松さんとしておく。


高松さんは物腰やわらかな女性で、今回のドナー適合の件について詳細を話してくれた。


要約すると

・これから血液検査を受けてもらい、健康状態をチェックする

・血液検査をパスできたら具体的に移植のスケジュールを組む。

・骨髄移植は全身麻酔の手術になる。入院は3泊4日ほどかかる。

とのことだった。

全身麻酔かぁ…。結構壮大だなぁ。
どうやら骨髄を採取するには、腸骨と呼ばれる部分に穴を空けなければならないそうだ。だから全身麻酔をするらしい。
献血で血を抜かれるのとは比べものにならないくらいの負担だ。

まぁ、それはしょうがない。
人ひとりの命がかかってるんだ。

さっそく最寄りの大学病院で血液検査を受けた。
結果は無事合格。

正式にドナー適合者として私が選定された。

コーディネーターの高松さんからは、


『小野寺さんがこうしてご協力して頂けるのは本当にありがたい限りです。ドナーが見つからず、つらい思いをしている患者さんがたくさんいる中、巡り会えたのは奇跡ですから。』

と言ってくれた。
別に大した事はしてないが、それでもそう言われると嬉しい気持ちになる。
もう骨髄でも何でも使ってください!

■母親を連れて最終同意面談へ

移植手術には家族の同意も必要らしい。
手術に意向を確認する『最終同意面談』では私の母同伴のもと、手術の意義、そして今後の具体的な手術の流れについて説明を受けた。


まず、そもそも骨髄移植は何のために必要なのか。
骨髄というのは血液を作る元となる場所のことだ。


この中には『造血幹細胞』という細胞がある。
この細胞を基に、赤血球、白血球、血小板が作られる。


しかしこの細胞に何らかのエラーが起こると、正常に血液が作れなくなり、最悪の場合は死に至ってしまう。

おしえて白血病のコト ホームページより https://oshiete-gan.jp/leukemia/facts/basics/


血液の病気というと白血病が有名だろう。
よくテレビで特集されてるのを見る。

白血病は簡単に言うと血液の〝がん〟だ。

放射線治療を受けたり、抗がん剤治療を受けたり。
負担の大きい治療が続いて髪の毛が抜け落ちてしまう。常に吐き気に襲われて苦しい。
そんな患者の様子が報道されていたのを記憶している。


この治療が効かないとなるともう骨髄移植しかない。自分の骨髄をゼロにして、健康な人の骨髄を移植するのだ。


骨髄はゼリー状の液体だが、ロジックとしては臓器移植と同じ。


骨髄を移植すると、患者の血液はドナーと全く一緒の遺伝子を持つ血液が作られ始める。
つまり遺伝子検査をすると、血液に限り私の遺伝子が検出されるのだ。


へぇ~。面白い。ということは部分的にではあるが、この世に私の双子が誕生するという訳か。


そう考えるとなんだか愛おしい気持ちになる。

私の知らないところで私が再び命を育むのだ。



ただし、手術なので双方リスクはある。


まず患者側。


患者は私の骨髄を受け入れるために自分の骨髄をゼロにしなければならない。

つまり免疫力がゼロの状態になるのだ。
これは非常に危険な状態で、このタイミングで感染症にでもかかれば最悪死だ。


だから骨髄が移植されるまで、無菌室で過ごす。


ドナー側のリスクとしては、まず術後の腰の痛みが挙げられる。
腰の骨に穴をあけるので、痛みは1週間、長いと3ヶ月は痛みがあったという報告もある。


あとは全身麻酔なので、麻酔のアレルギーが起きると大変なこと。
麻酔中は呼吸も浅くなるので、人工呼吸器を付ける。その時に器官に管を通す影響で術後何日か喉の痛みが出ること。

あとはやはり手術なので、絶対的な成功は保証できない。万が一、億が一の可能性かもしれないが、事故が起こるかもしれない。そんな感じだ。


この事について、私は『まぁしょうがないよね。』という感想。だが、母は相当心配してアレコレと医者に質問を投げかけていた。


『もし骨髄採取の日と月経の日が重なったらどうなるんでしょうか?やっぱり女の子だから心配で…』


いや、もう女の子って歳でも無いんだけど…。

でもまぁ、母親からしたら私はいつまでも“女の子”なのかもしれない。


もう成人してるんだから『別に娘は大人なんだからどうでもいいですよ』って突き放してくれてもいいのに。


気にかけてくれるのは嬉しいが、人前で私を思春期の娘かのように話すのは恥ずかしい。やめてくれ…。

■弟と私の骨髄


貰った最終同意書に名前を書き、ハンコを押した。

母も

『娘が決めたことなら…』

と骨髄採取に同意のサインをしてくれた。


後で母に聞いた話だが、なんと私の弟も同時期に骨髄ドナーに選ばれていたようだ。


赤の他人で骨髄の型が一致するのは数万分の一、ただしきょうだい間だったら4分の1…と考えると、時期的におそらく同じ患者のドナー候補として私たちが選出されたのだろう。


(ちなみに弟は現在歯の矯正をしているので選考から落ちてしまったそう。)


…ということは弟と私は一緒の型である可能性が非常に高い。


つまり今後私か弟、どちらかに骨髄移植が必要になった時は確実にスペアが存在しているということだ。


この情報を知れたのは大きかった。


弟とは血液型も一緒だ。血を分けた姉弟…なんて言う比喩があるけど、本当に同じ血が流れてたんだなぁと感慨深い気持ちになる。



さて、このサインをしたらもう引き返せない。これから患者さんが命をかけて移植の準備をしてくれる。だから私の都合で移植を取りやめたら最悪患者さんの命が無くなってしまう。


手術の日程は1ヶ月後。
本来ならばもう少し余裕のあるスケジュールで組むらしいが、患者さん側からの要請で手術の日程を出来るだけ早めに組みたいらしい。


『もしかしたら患者さんの様態が良くないのかもしれませんね…。』


コーディネーターの高松さんが言う。


ちなみに患者が誰なのか、どの病院にいるのかはコーディネーターの高松さんも知らされていない。
患者側も同様だ。


トラブル防止のため、ダブルブラインドな状態で移植が行われる。


でも日程の余裕がないということはなんとなく病状については察せるものがある。


患者さん…!待っててくれ!
すぐに私の骨髄を届けるから…!

■健康診断と自己血採血の日々

▲検査着に着替えた姿


とは言え、今すぐに手術という訳にもいかない。
手術は私にもリスクがあるので、私の方もそれなりに準備しなければならない。


まずは健康診断。


採血の段階である程度健康状態は確証されているが、万が一何か異常がないかを見るそうだ。
また、術後何かあった時の比較のためデータを取る、という意味合いもあるそう。

検査項目は

・採血
・尿検査
・レントゲン
・心電図
・呼吸器検査



これらの健康診断を無料で受けられるのはある意味お得かも。


検査の結果はその日に分かる。
私は尿検査だけ血糖値で引っかかってしまった。

▲検尿カップのバーコードを読み取ってデータを管理する。おしっこのメリーゴーランドみたいな機械。

『昨晩何か脂っこいもの食べました?』と聞かれ、思い返す。

そういえば昨日は焼き肉ライクで牛カルビセット頼んだな…。

正直に白状すると医者に笑われた。
血糖値の異常はおそらく前日食べた焼き肉が影響してるだろう、ということで、後日再検査したら正常値になっていた。


みんな、健康診断の前日に焼き肉はやめよう。


それ以外は至って健康。


健康診断とは別日で『自己血採血』というのを行った。これは手術中、骨髄液を抜き取るのに加え、出血もするので、それを補うための血を取っておくという事らしい。


やり方は献血と同じ。
2日に分けて400ml、200ml、合計600mlの血を抜いた。
この血は手術の日まで冷凍保存しておくとの事。


これくらいならいつも献血で提供してるし。
と思ったが、採血後、ふと鏡を見ると目の下にクマができていた。やつれてる…。

■入院

いよいよ入院の日がやってきた。
伝えられていた通り、3泊4日の入院。手術は入院翌日に行う。


ここが数日間の私の寝床だ。


コーディネーターの高松さんからは

『1日目は暇でしょうから院内を探索してても良いですよ。』

と言われたが、案外忙しかった。


『小野寺さん、こんにちは~。担当の看護士です。よろしくお願いします。』

『採血しに来ましたよ~』

『血圧と体温計りに来ました~』

『レントゲン撮りに行きましょうね~』

『明日術後を担当する医師の○○です。よろしくお願いします。』

『さっき地震あったけど大丈夫?』


…とまぁ、体感30分おきに医者や看護士さんが顔を覗かせに来てくれる。

出掛ける余裕がない…!

夜も夜で1時間おきに看護士さんが見回りに来る。

結局院内散策は諦め、大人しく明日に備えてベッドで寝てる事にした。


余談だが、回診に来た医者にこんな事を言われた。


『コーディネーターの方から、お母様がだいぶ心配なされてるとお聞きしました。でも私たちで全力で手術に挑みますのでどうか安心してくださいね。』


お、お母さん…!!

同意面談の母の様子が医者に伝わってる…!
うちの母が余計な心配言ってすみません。。

■手術当日

手術当日の朝。時刻は8:30。
ガラガラと担架を引きずる音が近付いてくる。

『お迎えに来ましたよ~』

と看護士さん集団がベッドの周りにやってきた。

よし、手術着に着替えて準備だ!

手術着は脇側が赤ちゃんのお洋服みたいなスナップボタンの構造。

プチプチと剥がすと簡単に全裸になれる。

それから手術中はずっと同じ姿勢でいるため、血栓が出来ないように着圧靴下を履かされた。

これを履くことで血栓の予防ができるらしい。

あと

『手術中はずっと寝てるだろうから、髪の毛は横にまとめといた方がいいですよ』

と看護士さんのアドバイスを受けた。

アドバイス通りに髪をまとめる。


そういえば昔SNSで

『アニメで死ぬ母親の髪型ってなんでどれも横縛りなの?』

という投稿を見たことがあるが、それってそういう意味だったんだね。

担架に寝かされ、地下にある手術室までエレベーターで降りる。


いくつもの鉄の扉をくぐり抜け、手術室前のロビーのような所にたどり着いた。

ロビーには同じ様に手術着を着た患者が5~6名待機している。


あれ?今日手術する人ってこんなにいるの?
看護士さんに聞くと


『みんなこの時間によーいドンで一斉に手術を始めるんですよ。』


と言っていた。


一斉に手術を始めることで何かしらの効率性が図れるのだろうか?…気になったが、こちとらこれから全身麻酔の手術なのであまり突っ込む余裕が無かった。


『地下だから寒いでしょう?毛布かけますね。』


と、看護士さんが電気毛布をかけてくれた。
暖かい…。身体が暖まると少しほっとする。


皆が続々と手術室に入っていく中、いよいよ私も手術室の中へ。


手術前には麻酔科医の先生が待っていてくれた。


『改めまして、今日担当する麻酔科医の矢島(仮名)です。これから麻酔の点滴打っていくからね。』


手の甲に針を刺され、冷たい何かが流れてくる。

ひえぇ~。




そこで私の意識は無くなった。




ーー

ーーー


再び目を覚ましたのは手術が終わった後。

『終わりましたよ~』

という先生の声で気が付く。


お!?フツーに寝てた!
すごい!

なんか『あ~、良く寝たなぁ』って感じの目覚めだ。嫌な感じはしない。

麻酔って、人の体験談を聞く限り

『いつの間にか寝てる』
とか
『意識が飛ぶ』
とか
『眠る前に支離滅裂な事言い出す』

とか言うからさぁ。

だからてっきり大麻とかアヤワスカみたいな精神錯乱薬なのかと思ってた。だけどフツーに睡眠薬だな、これ。すごく早く効く睡眠薬だ。

寝る前の私と寝た後の私は繋がってるし、臨死体験でも幻覚体験でも無かった。

自我が崩壊しなくて良かったぁ。



それで肝心な術後の様態はというと…。

意外にも聞かされていたより全然痛くない!

術後すぐは確かに背中に青あざが出来たような鈍痛と、軽い生理痛みたいな腰の重さがあったが、それも午前中ですぐに無くなった。

喉の痛みも同じく午前中で無くなり、晩御飯はフツーに固形食のご飯を完食できた。

▲病院食。美味しい!

腰に穴を開けるっていうから、もっと骨が軋むようなキリキリとした鋭い痛みがあるのかと思ったけど、そういう痛みでは無かったから拍子抜けだった。

この程度の身体的負担で人の命救えるなら全然アリじゃない?

▲手術跡。蚊に刺された程度の傷でそんなに痛くない。

とは言えやはり骨髄を1リットルも抜いた訳だから、夜には疲れがドッと出てしまった。

この疲れ、例えるなら“1日高尾山を上り下りして家に帰ってきた後のような疲れ”だろうか。

手術が終わったら夏コミの原稿の校正でもしようかなと思っていたが、そんな余裕はなく。

ベットに横たわり、スマホのホーム画面を見つめたまま1時間ボーッとしてしまうくらいにはゾンビ化していた。


術後は様々な人がねぎらいの挨拶に来てくれた。

母親、友人、コーディネーターさん、看護士さん、お医者さん。

院内のスタッフの皆さんから感謝状も貰った。


自分としては面白い体験をさせてもらったし、そこまで感謝されるような努力もしていない。
なのにこんなに丁重に感謝を述べられてしまって逆に申し訳ないという気持ちだ。


摘出した骨髄は無事患者さんのもとへ届けられたそうだ。

この手術で、どこかにいる私の仲間を1人助けられたなら良かった。


その後1日体力回復のため入院して、その翌日の朝にはもう退院が出来た。

それからは普通の生活を送れている。

■骨髄バンクの現状


私の骨髄移植のスケジュールをまとめると、

血液検査の通院(1日)
最終同意面談(1日)
健康診断(1日)
自己血採血の通院(2日)
入院・手術(3泊4日)


合計9日間の拘束であった。


ちなみにこの手術を受けた時の私の住所は千葉市だったので、千葉市から『骨髄移植ドナー支援金』として10万円が支給された。


10万円と聞くと臨時収入としては大きく感じるかもしれない。

しかし9日間仕事を休まなければならないと考えるとトントンか、人によってはマイナスな値段だ。

友人にこの話をすると


『うーん、私だったらやらないかなぁ。10万円じゃちょっと苦しいよ』


との事だった。

確かにお金って命だもんね。

ドナー支援金も振り込みに時間がかかるし、9日間仕事に穴を開けて翌月10万円の収入減となると厳しい。家賃の支払いが出来ず、ご飯も買えずに野垂れ死んでしまう。

人は病気でも死ぬが、お金が無くなっても死んでしまうのだ。

手術前、SNSでなんとなく骨髄移植のことについて検索していると、こんな投稿を見つけた。

この方は骨髄バンクを通じて、白血病の娘のドナーが16人見つかったそうだ。だが、16人全員に断られてしまった。

理由は仕事の都合がつかないから。

…急性白血病患者は無治療のままでいると2~3ヵ月で死亡してしまうらしい。

わずか9日間という日数でも仕事に穴が開くと生活出来ない。そんな切羽詰まった日本の不景気さが悲しい。

目の前に救える命があるのに、お金の問題で見殺しになってしまうなんて。

あまり語ると医療制度とか経済とか、壮大な話になってしまうのでここらで辞めておく。だが、命というのはお金の有無で簡単に消し飛んでしまうんだなと考えるとちょっと怖くなった。

どうかいつの未来か、病気で苦しむ人、それを支援したい人が、お金の事を気にせずに助け合える時代が来てほしいと願うばかりだ。