飛ぶ少年とお嬢様

突然はじまって突然終わりますご了承下さい
続きません




 もう、疲れた。

 毎日毎日人の目に怯えて、自分に失望して。周りは助けてくれなくて。

 もういい加減疲れた。俺にしては頑張った。だから俺はここで死ぬことにしたんだ。


 びゅうびゅうと風が吹き付けるビルの屋上。そこに俺__梁取瑠玖(やなとり るく)は立っている。ここから一歩踏み出せば全て終わり。そう思うと怖くはなかった。

 さあ、行こう。次の瞬間に俺の身体は宙に放り出される。地面までどのくらいかかるだろうか。重力に身を任せる。

 しかし、俺の身体は不自然に落下を止めた。手を掴まれて宙ぶらりんの状態になる。誰だよ余計なことしやがって……。そう思いながら見ると、目に入ったのは白く細い手。

「ねぇ、君ここで死ぬとか迷惑だからやめてもらえる?」

棘を含んだ可憐で可愛い声が降ってくる。紛れもなく少女が俺の全体重を支えていた。

 くんっとその腕に力が入ったと思うと、屋上に放り投げられていた。コンクリートに叩きつけられて痛みが走る。

「……いったぁ」

「死のうとしてた人が何言ってんのよ。ばぁーか」

仰向けに転がる俺の顔を見下してきたのは長いおさげ髪を揺らした少女だった。大きい黒目に通った鼻筋、自信を隠そうともせずに笑う口元。髪がかかる華奢な肩からはさっきの馬鹿力が想像できない。何というか、可愛いのに怖い。

「ここ、うちのビルなの。あなたのせいで事故物件扱いされたらたまったもんじゃないのよ。わかる?」

「すみません……」

「で、何?何でうちを事故物件にしようとしてたわけ?人間関係しんどすぎてしんどいみたいな?」

「ああ、まあ、そんな感じです」

若干馬鹿にしたような言い方で問うてくる。というか、これは完全に馬鹿にされた。

 見下されている状況を脱却したくて上体を起こそうとしたけど、さっきの衝撃で色々痛めていて叶わなかった。

 それを見終わってから、少女はニヤリと笑った。

「じゃあ、君のこと拾っていい?いらないんでしょ?」

「はい?」

「お、いい返事。けってー。学校も家も捨てて、わたしのところに来なさい」

今のは返事じゃない、と言う間もなく手を掴まれ、体を起こされた。忘れていたさっきの痛みが背中に強く走る。

「痛い痛い痛い」

「あははは、死のうとしてた割に痛みに弱いのね」

確かにそうだが、真剣に痛い。そんなに笑わなくても良いじゃないか。

 手を引かれるままにエレベーターで地上に降りると黒塗りの車が待っていた。高そうだし、傷つけたら殺されそう。すると、車から降りてドアを開けた好々爺が少女に話しかけた。

「お嬢様、御用はお済みですか」

「ええ。面白そうな子を拾ったわ。」

そっか、お嬢様なのか。ビルがうちのとか黒塗りの車とか、ドラマの設定さながらで、妙に納得する。

 車に乗せられ、どこかへ連れて行かれる。今から本当に、家も学校も捨ててしまうのか。

「ねぇ、名前は?」

「梁取瑠玖……です」

「ふぅん、瑠玖ってかわいい名前ね。私は神崎快羅(かんざき かいら)。よろしく」

手を差し出され、握ると改めてその細さに怖くなった。

「これで、契約成立ね。これから君には特に何をしてもらうとかじゃなくて、私と一緒に行動してほしいの。それだけでいいわ」

「あっ、はい。わかりました」