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顔無しエルモニカ

ロマの占い師、顔無しエルモニカ
本当の名前は誰も知らない
ベールの奥に隠された
本当の顔も誰も知らない
サーカスの興業についてきて
いつからいたのか誰も知らない
粗末な占い小屋をたて
当たりもしない占いをする
だけど一つだけ得意で特異
顔を自由に変えられる

ただ目を閉じて会いたい人の
姿を瞼にしかと描き
命をかけて見てみれば
ロマの女の貌は失せ
望んだ顏がそこにある
奇術か魔術かまやかしか
まこと奇妙な技である

そんなエルモニカがやってきた
サーカス一座とはるばると
戦地の慰問へやってきた
兵隊たちはショーよりも
占い小屋へ群がった
明日をも知れぬ我が身ゆえ
故郷へ残したあの人に
もう一度だけ会いたいと

故郷に置いてきた母を
もう一度だけ抱き締めたい
そう言った一人目の男
母の姿をしたエルモニカの腰にすがりつき泣いた
子供のように泣いた
優しく頭を撫でる手つきは母そっくりだった

結婚の約束をした恋人に会いたい
そう言った二人目の男 
瞼を開いてエルモニカを見て
低く呻いて青くなり
一目散に踵返して
どこか遠くへ歩き去った
戦争が終わっても
恋人の元へは戻らなかった

死ぬ前に好きな女優に会いたい
そう言った三人目の男
目の前に現れた女優の姿
感激したのは一瞬で
下世話な欲望あふれだし
今度は体に触れたくなった
手をのばしかけたその時に
女優の顔は既に無く
とこしえにかつえた心は満たされぬ

あなたに会いに来ましたエルモニカ
そう言った最後の男
ぼくはあなたに会いたくて来ました
本当の顔を見せてください
エルモニカは笑った
そして言った
じゃあ目を閉じて
私を瞼の裏に描き
命をかけて見てごらん

男が瞼を閉じてすぐ
一陣の風が吹き過ぎた
瞼をそっと開いてみると
奇術か魔術かまやかしか
占い小屋は消え失せて
辺りはすっかり暗くなり
男のみ一人立ち尽くす
ロマの女は跡形もなく
クスクス笑う声がのみが
男の周りを軽やかにかけ
満天の星空へ昇っていった


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