「Babel」 著:藤村由紀(古宮九時)          ~WEB版感想~

誰も知らない自分。

 「Babel」は、2008年に著者である藤村由紀のWebサイト「no-seen flower」にて投稿が開始された長編小説である。同氏の異世界ファンタジーシリーズ「World -Memoriae-」の一作品であり、世界観を共有しながらも、日本人の主人公がファンタジー世界に迷い込む、異世界トリップ物としての側面を持つ、シリーズでは異色の物語だ。

 藤村氏は、古宮九時名義での投稿作「監獄学校にて門番を」が、第20回電撃小説大賞の最終選考作となり、2014年に同作で電撃文庫からデビュー、2016年に同作3巻が発売、作品を完結させた。新たな幕開けである「Babel -異世界禁呪と緑の少女-」は、2016年8月10日に電撃文庫から発売される、WEB版BabelのAct.1(第1幕)を大幅に加筆・修正したファン待望の一冊だ。

 「ジョハリの窓」によれば、人には自分も他人も知らない未知の部分があるのだという。主人公の水瀬雫は努力肌の文系女子大生だ。自らを地味と評しながら、他人に影でぱっとしないと言われ心に重苦しさを感じるなど、個性がないことに劣等感がある。日本に帰るため異世界を旅する中で、彼女は多くの「他者から見た自分」に直面する。それは時に「昔話のなかの王妃」だったり、時に「異質な棘」だったり、そして時に「何の力もない人間」だったりする。戸惑い、怖れ、それでも立ち向かうことをやめない彼女は、いつも最後には自分らしくあり続ける。私は徐々に彼女を知る。体に通ったぶれない芯が個性とするならば、その芯は自分や他人には見えないものだ。雫の自己評価も、他者の言葉もあてにならない。物語だけが彼女を教えてくれる。読み進めて、私はわかった気になっていた。

 Babelほど私が顛末に震えた物語はない。張り巡らされた伏線は手繰り寄せられて一手に収束する。空気が薄くなったように音が聞こえなくなって、けれども自分とは何かを知った彼女の、覚悟を決めた声だけがクリアに聞こえた。こんな物語があるだろうか。

●情報紹介●

no-seen flower

  藤村由紀のオリジナルノベルサイト、作品が公開されている。

小説家になろうアカウント 

  上記サイトからの移植作品のほか、なろう限定の作品も。

Twitterアカウント

  藤村氏の殺戮的日常が公開されている。

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第2巻「Babel II -剣の王と崩れゆく言葉-」を読んだ。

                      *感想は個人的なものです。

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