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星雲賞候補作「裏アカシック・レコード」への自己言及

このたび私の小説「裏アカシック・レコード」が第53回星雲賞の参考候補作となった。関係者にこの場を借りてお礼を申し上げたい。本作は世界のすべての嘘を収録したデータベースに関する学術的研究・社会的影響について要約した短編で、『異常論文』(樋口恭介編/ハヤカワ文庫JA)に収録されている。

それとともに、本作の執筆経緯について軽く解説しようと思う。

これはいわゆる「作品の裏話」記事だが、そもそも作品が「裏アカシック・レコード」であるから、この記事は裏話の裏話、つまり表話である。したがって本編未読でも堂々と読んでもらって構わない。ネタバレも無い。というか論文にネタバレという概念はない。研究者は忙しいので要旨でネタバレさせる方が望ましい。

着想は作品発表の1年前、2020年初頭。発端は漫画家の山田しいたさんとの会話。

漫画家も小説家も、年度末はだいたい「確定申告やりたくね〜」と叫び、事務熱(そういう病気)に浮かされてうわごとを繰り返す。私もよく言う。

あ、これは面白い↑。と思ってリツイート言及する。

区別できなきゃ意味ないだろという話なのだが、ここで「この世界の全ての虚構をインプットしたデータベース」というアイデアをひらめいてツイートする。(この間20分)

なんで「裏」にしたのかは忘れた。論理学的な意味での(not A → not B)ではないが、たぶん略称が「裏アカ」になるのが面白かったのだと思う。

ツイートしてすぐに「これは小説のネタになるな」と思い、確定申告をサボって1万字ほどの短編を執筆。物語として成立させるために「検索には巨大施設と膨大な電力を要する」といった縛りをつけ、裏アカまつわる科学的・政治的・人間的諸々を書いたら、予想以上にちゃんとしたストーリーになった。

私はよく「ろくに仕事もせず Twitter ばかりやってる小説家」と言われるが、ご覧のとおりネタ拾いのためにやっているれっきとした業務である。編集者の皆様はそのところご了承願いたい。

ただ、出来上がった短編は裏アカシック・レコードという架空概念の説明を淡々と説明するだけで、主人公らしき人物もおらず小説形式になっていない。SFとしては超絶面白いが、さすがにこれでは商品にしづらい、と公開を見送っていた。

数か月後、樋口恭介さんの采配で「異常論文特集」というのがSFマガジンで開催されることになった。こちらも Twitter の与太話から始まった企画らしい。現代文化の半分は Twitter の与太話でできている。

「異常論文」とは何なのか、については(主催者も参加者も)よくわかっていない様子だったが、「多分こういうのが求められているんだろう」と備蓄していた「裏アカ」の原稿を送った。応募作のなかで最速だったとのこと。そんな原稿を備蓄している異常な作家は他にいない。

Twitter DM のやりとり

特集の主旨はともかくこの原稿は超絶面白いので、余程のハプニングがなければ採択されるだろう、と思った。ストーリー的にはここでひと波乱起きてほしいところだが普通に採用された。年が明けて2021年、4月発売のSFマガジンに掲載。

「柞刈湯葉史上もっともデカイ数」が10^62乗なので「小林銅蟲のほうが凄い」という巨大数マウントをとってくる人がいたが無視した。あ、『めしにしましょう』大好きです。ニャオス。

なお本作の公開に際して、必要に迫られて3Dモデルの人体を作成し VTuber になったりした。別記事にまとめたので興味がある方はご覧いただきたい。

該当のSFマガジンは高く注目され、何度か重版したうえで入手困難になったが、のちに書籍化されハヤカワ文庫JAから刊行された。こちらは電子版も出ているので入手しやすい。

収録作は全体的に自分同様どこに出していいかよくわからない胡乱な怪文書の集合体みたいな本だが、中でも松崎有理「掃除と掃除用具の人類史」、難波優輝「『多元宇宙的絶滅主義』と絶滅の遅延──静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」あたりは一読の価値があると思う。

拙作「裏アカシック・レコード」も、単体作品として十分に面白いと自認しているが、小説と呼ぶにはあまりに妙な文章なので、『異常論文』という何なのかよくわからないパッケージを与えられないと、これほどの注目は集められなかったと思っている。


余談。冒頭にあげた漫画家の山田しいたさんは、女子大生が複数人チームで小説を書いて競い合う「文芸ハッカソン」を扱った漫画を出している。小説執筆にまつわる「あるある」なネタも多く楽しめるためオススメしたい。コミックDAYSコミックスより全3巻完結済。


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