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2410円払えば無料で電車に乗れる - SF作家の地球旅行記 18きっぷ編(2)

前回のあらすじ:只見線は乗る人より撮る人が多い)

古来より「男子三日会わざれば刮目して見よ」というが、私も正月の実家で3日ダラダラしていたら 2kg 太ったので刮目した。2kg といえば年単位を要する体重変化ではないか。「体内に龍宮城を宿している」というフレーズを思いついたが用途がないのでさっさと実家を出ることにした。18きっぷ旅行を再開する。

往路は名古屋から郡山に向かったので、復路は北上して岩手に行くことにする。「それは往復とは呼ばないのでは?」と思うだろうが、地球は常に動いているので球面上の座標は些末な問題である。大切なのは動き続ける意志である。(それっぽい単語を並べてみたが大した意味はない。大切なのは単語を並べる意志である)

3日目(郡山→米沢→山形→新庄→酒田→秋田)

始発の東北本線で郡山駅を出て、福島、米沢、山形、新庄と、ミニ新幹線並走コースを鈍行で走る。正月の南東北はそれほど雪がない。2月にドサッと降る年が多い気がする。

新庄で98分待ちなので飯を求めて外に出ると、やたら人んちっぽいラーメン屋があったので入る。日曜日の家庭の昼飯に出そうな醤油ラーメンが出た。

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どうやら僕が入ったのは店の裏口らしい。正面玄関から出ると HONDA のハイブリッド式除雪機というものが置かれていた。エンジンで除雪し電気で進行するらしい。手で押す機械なので電動のほうが微調整が効くのだろう。今年は雪が少ないのであまり出番がなさそうだが。

新庄市は冨樫義博の出身地であり、駅のそばに簡単な漫画ミュージアムが設置されているが、簡単なので一瞬で見終わってしまう。ゆるキャラの「きてけろくん」はヨッシーアイランドの敵キャラにいそうなデザインである。

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新庄から陸羽西線に乗って、最上川を眺めながら日本海へ向かう。「スピードに 定評のある 最上川」とか俳句を詠んでるうちに余目駅に着く。映画「おくりびと」のロケ地として知られてるかどうかは知らないがロケ地である。天気は曇りだが、跨線橋から鳥海山がきれいに見える。

乗換の車両がやたら新しいので型番を調べてみると、2019年夏に導入されたばかりのディーゼル・エレクトリック方式車両であった。エンジンを回して発電してモーターを回す南極砕氷船みたいな仕様らしい。いちおう電気を使っているが「電車」と呼んでいいのか微妙なところがある。地球上の物質はすべて電子が回転運動してるので電車という言い方もできる。

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左側に写り込んだ人を macOS 標準のレタッチ機能で消したらずいぶん不自然になった。ソ連がトロツキーを写真から消す時ももう少しマシだったので資本主義の敗北にほかならない。

酒田駅で76分待ちなので旧鐙屋を見物する。江戸時代に廻船問屋でしこたま儲けた家である。当時は山形のコメを江戸に送るのに海路を使っていたそうだ。現代人の感覚からするとちょっと正気とは思えない経路だが、それでも陸路より効率的だったらしい。鉄道がいかに偉大な進歩か思い知らされる。

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酒田を出て羽越本線で秋田へ向かう。さっきから見えていた鳥海山がやたらデカくなって眼前に迫ってくる。孤立峰は遠くにありて思ふ分には風情があるが、何もない平原にこうもドカンと山があると情緒というより恐怖である。車窓写真を見ればわかるすさまじい鳥海山占有率。バファリンの半分は鳥海山でできている。

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田んぼしかない平野に聳える鳥海山を見ていると「そんな巨大な物体が存在していいはずがない」というタイプの認知的バグを起こして精神が不安定になってくる。似たような感覚は富士山でもあるが、あちらが幾何学的に端正な形をしているのに対し鳥海山はなんというかシルエット的に肉感がすごいのだ。ゴジラとかダイダラボッチに対して抱く恐怖心に近い。

どうにか鳥海山をやりすごすと(やりすごす、という言い方が感覚的に適切)県境を越えて秋田県に入り、日本海が見えてくる。冬の日本海はいつ見ても荒波が打ち寄せていて「東映」のサウンドロゴが似合う。いま調べたら東映のサウンドロゴは銚子なので太平洋だ。見なかったことにする。

秋田駅に着いて稲庭うどんを食べる。「日本三大うどん」は5〜6つあるらしいがこれもそのひとつである。細麺だがしっかりとしたコシがある。しかし考えてみればこれを「うどんにしては細い」と思ってしまうあたり、我々のなかの「うどんイメージ」が讃岐に支配されていることが伺える。おそるべき香川の饂飩力。

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4日目(秋田→横手→北上→花巻)

午前中は秋田観光のつもりだったが、この日は朝から雨で強風注意報。折りたたみ傘を取り出して、早朝なのでとりあえず久保田城の跡地を歩く。岩明均の漫画「雪の峠」で築城経緯が描かれた城である。関ヶ原が終わって太平の世を想定して作られた城なので、石垣も天守閣もない。櫓の復元ならあるのだが「冬期休館」で入れない。どうやら秋田というところは冬になると観光施設も閉まってしまうらしい。

仕方ないので富士山を見に行くことにする。秋田駅東口を出て徒歩10分くらいのところに、標高35メートルの「日本一低い富士山」があるという。富士山限定でランキングを作る発想からして笑える。そんなものを見たがるのは日本一志が低い自分くらいだろう、と思って見に行く。

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富士山の登山口は住宅地のどまん中にある。標高35メートルのくせに偉そうな門まで建っている。気温は7℃で風も強い。「冬の雨の日に折りたたみ傘で富士山に登る」というのは字面だけ見るとあまり正気の行為ではないな、と思っていたらもう山頂に着いた。

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傘が何度もSN2反応する強風に耐えながら、どうにか頂上(標高35m)に到着。展望もなかなか良いので満足。柵の向こうに見えるビルは高さ65mらしい。富士より高いビルを建てるとは、あなおそろしき人の業。適当に写真を撮ったら下山。駅に戻る途中で台湾料理の店を見かけたが、ランチセットに「台湾ラーメン」「天津飯」とか書いてあってだいぶ台湾を曲解している感が否めない。

昼飯は秋田駅で比内地鶏の親子丼を食べる。比内地鶏という言葉は名古屋コーチンなみによく聞くが、秋田県だということは今まで知らなかった。名古屋コーチンが愛知県であることは誰でも知っている。

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秋田から奥羽本線に乗って大曲へ向かう。この路線は秋田新幹線との併用区間になっている。新幹線と在来線はそもそも線路の幅が違うので、ここではレールが3本敷かれた三線軌条が見られる。広い方を新幹線、狭い方を在来線が使う。

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世界で標準的に使われているのは新幹線用の広い方で、狭い方は日本以外ではあまり見ない。明治政府が鉄道をつくる際になんで狭い方を採用したのかはよくわかっていないが、この軌間問題は現代でも長崎新幹線で尾を引いている。「歴史改変できるならやりたい事」としてミッドウェー海戦ともに上位に並ぶ。

県境を越えて岩手県の北上駅に着く。岩手では宮沢賢治記念館を見る予定だったのだが、このままでは閉館時間に間に合わないので新花巻駅までワープする(18きっぷ使いは新幹線をワープと表現する)。駅のホームから「非核平和都市宣言のまち」という看板が見えるが、自治体レベルで核武装を宣言するところがあったら逆に見てみたい。

花巻市は宮沢賢治の故郷であり記念館がある。駅から歩こうと思ったが天気も道路状態もかなり悪いのでタクシーを呼ぶことにする(繰り返すがこれは大人の18きっぷ旅行である)。現代人は雨にも負けるし風にも負けるし玄米四合は多すぎる。

「この天気だと上がれないかもしれないね」と運転手が不穏なことを言い出す。記念館の前は坂道になっているのだが、立派な舗装路をつくったせいで冬場はツルツルになって登れないことがあるらしい。通常、急斜面は穴だらけのコンクリート舗装だ。

なんとか立派な舗装路をよじのぼって記念館の門に至る。タクシーは PayPay に対応していた。暗い座席で現金を探るのが苦手なのでこれはありがたい。イーハトーブの空の下に「ペイペイっ!」の決済音がこだまする。

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記念館の内部は撮影禁止だが、宮沢賢治が愛用したチェロなどが展示されている。弾くと三毛猫がトマト持ってくるやつだ。

宮沢賢治が生前発行した唯一の書籍は「注文の多い料理店」で、大正13年に1000部発行したそうだ。1000部というと僕のデビュー作よりもよほど少ないが相当なコレクター価格がついているのではないだろうか。土産屋で「銀河鉄道の夜」の全原稿用紙をスキャンした本が売られていたので一も二もなく購入。

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宮沢賢治記念館の敷地には「山猫軒」という注文の多そうなレストランがある。入ってみるとアルコールの消毒スプレーが置かれていて原作リスペクトを感じる。「どうか帽子と外套をおとりください」とあるのでそのとおりにしてケーキとコーヒーを食べた。

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山猫軒から無事に(食べられずに)帰還し、夕飯は盛岡冷麺を食べた。平壌とか盛岡とか寒そうな地域の人間が冷麺を好むのは何故だろう。ちなみに僕の故郷・郡山市は一時期グリーンカレーを名物にしようと頑張っていたのだが最近は聞かない(名物ってそうやって作るもんじゃないよな)。ご当地菓子パン・クリームボックスの普及はある程度成功している気がする。

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読んでて気づかれたと思うが、書いてる側もいま気づいた。18きっぷ旅行の話をすると飯の話がやたら多くなる。これは理由が明瞭で、18きっぷ旅行というのは乗り継ぎで1時間くらいの待ち時間が発生しやすいが、1時間というのは観光地まで行って戻るのも難しいので、駅周辺の施設で飯だけ食べるのにあまりにちょうどいいのである。

ただこれだとランチタイムが1日3回くらい発生してしまう。1日3食ならいいがランチ3食は多すぎる。できれば駅ナカの各店舗は「名物をちょっとだけ食べられるメニュー」を用意していただけると助かる。少々割高でも構いません。

(おわり)




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