【小説】 正しい吸血鬼の死に方と、正しい人間の生き方

「そろそろ死のうかしらねえ」

ばあちゃんが言い出したのは帰省先でのことだった。お盆休みの午後4時半、ふたりでダイニングに座って、私はスマホで人生に関係なさそうな国際ニュースを、ばあちゃんはテレビで誰も発言の責任を取らなそうなワイドショーを見ているところだった。

私が「腎臓が生まれつき3個ある女性、1個を臓器提供へ」から「猫の寿命を2倍にする研究」に飛ぶリンクを踏んだところで、ばあちゃんが「そろそろ夕ご飯の支度しようかしらねえ」と言うような感じでぽつりと自死をほのめかしたものだから、私も思わずスマホを伏せてしまった。

「え、どうしたのばあちゃん」

「ほら、樋川さん今年で100歳でしょ。それまでには市役所に申請するって言ってるから、私も一緒に行ったほうがいいのかしら、って思うのよ」

「えーっはやない? ばあちゃんまだ97じゃん」

「でも、そう何度も出勤してもらったら、お医者さまにもご迷惑でしょ。まとめて片付けてもらった方がいいじゃないの」

そう言ってばあちゃんは青白い顔を傾けた。ちょっと開いた口には、普通の人よりもひとまわり大きい犬歯が覗いている。

ばあちゃんは吸血鬼の村で育った。戦時中の混乱でひどい食料不足になって、村外れの洞窟のコウモリを食べてしまった人たちが、感染して吸血鬼になったらしい。洞窟は戦後になってダム湖に沈んでしまったので、詳しいことはよくわからない。

「それに掘さんの農場、そろそろ牛やめて畑だけにしたい、って言ってるみたいなのよ。息子さん30過ぎてるのに結婚しないから、跡継ぎもいないみたいだし」

「あー。堀くんのお父さん、今もばあちゃんに血をくれるのね」

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