見出し画像

「これから読める」は羨ましいか ◆ 水曜日の湯葉146

ジャンプTOONで連載中の『ぬのさんぽ』だが、ボイスコミックに続いて「連載開始記念PV」が公開された。これのために作っていただいたOP風のアニメに、ボイスコミック動画でサンポ役を演じていただいた黒沢ともよさんの歌が載っている。

「アニメ化したい」と思っている作家はみんなアニメ化したときの感情を事前準備していると思うが、「連載開始記念PV」が出た時の感情の出し方ってどうすればいいんだ。あまりにも毎週いろいろなものが出るので、だんだん言うべき言葉がなくなってきて「ありがてえ、ありがてえ」と仏像をはじめて見た農民みたいな気分になっている。


本編はジャンプTOONで連載中。Web 上で3話まで、アプリを入れれば11話まで無料で読めます。

先日『漫画ビジネス』(菊池健)という本を読んだら、「漫画アプリを1人にインストールしてもらうのに必要な広告費」という話が出てきた。昔は漫画アプリ自体が珍しかったので60円で済んだのが、いまは2000円まで高騰しているらしい。いまや「アプリを入れる」というのはそれだけ腰の重い行為なのかと驚かされる。指をちょいちょい動かすだけではないのだ。

つまり『ぬのさんぽ』を読むためにジャンプTOONをインストールしましたという人は、2000円分の価値をこの漫画界に発生させたことになる。ぜひ皆さんも無から2000円を発生させてほしい。2000円ってすごいぞ。北里柴三郎と津田梅子を足して3で割ったくらいある。


「これから読めるなんてうらやましい」を分析する

このところインターネットで気になっている定型文がある。好きな漫画とか映画とかの話題で出てくる、こういう会話である。

A「◯◯って漫画、読んだ?」
B「読んだことない。ネットで断片的な情報は知ってるけど」
A「うらやましい! これから読めるんだから」

よくある会話

僕はこれの意味がまったくわからない。そんなに面白い漫画なら、読んでないよりも読んだほうがいいに決まってる。なんで読んだ人間が、読んでない人間をうらやましがるのだ?

いちばんわかりやすい説明は「不適切表現の言い換え」である。かつて人類は漫画を布教する際、「◯◯読んでないなんて人生の半分損してるよ〜」と感情にまかせた過激な言葉を吐き、相手の趣味どころか人生ごと否定し、いたずらに憎悪を煽り、無益な戦争を招き、天は割れ、地は裂け、おびただしい数の人が死んだ。そうした歴史に学んだ子孫たちが「相手をおとしめずに、好きな漫画を布教したい」と望んだ結果生まれたのが「これから読めるなんてうらやましい!」という妙な言い回しである、というもの。

つまり、露出すべきでない感情をオブラートに包んだ結果「うらやましい」という文字が浮き出ただけで、「うらやましい」という感情が存在しているわけではないのだ。これはストーリーとしてはわかりやすい。

とはいえ他人の言葉をむやみにウソ呼ばわりするのも気がひけるので、「もし本気でうらやましいのだとしたら、それはどういう心理状態なのか」を考えてみたい。

ここから先は

3,834字

毎週水曜20時に日記(約4000字)を公開します。仕事進捗や読書記録、創作のメモなどを書いています。…

水曜日の湯葉メンバーシップ

¥490 / 月
初月無料

文章で生計を立てる身ですのでサポートをいただけるとたいへん嬉しいです。メッセージが思いつかない方は好きな食べ物を書いてください。