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ウミガメスープ問題を大量に作りたい

ウミガメのスープを作りたい。料理ではなく論理の話である。

ウミガメのスープ問題をご存知だろうか。「水平思考クイズ」ともいう。1人の出題者と1人以上の回答者がいて、出題者が一見不可解な話を提示し、回答者が質問によって筋の通ったストーリーを見つけ出す、というものである。

 ある男が海の見えるレストランでウミガメのスープを注文した。スープを一口飲んだ男は店員に「これは本当にウミガメのスープですか?」と尋ねた。店員がそうですと答えると、男は料金を支払って帰宅し、その晩に自殺した。なぜか?

注文通りの料理が出たのに自殺した。なんとも奇妙な話である。このあと質問パートがあり、回答者が出題者に「はい・いいえ・関係ない」で答えられる質問をしていく。

Q. 男は金に困っていましたか?
A. いいえ。特に困ってはいません。
Q. 海が見えるレストランであることは関係しますか?
A. 少し関係しています。
Q. スープは本当にウミガメだったのですか?
A. はい。本物のウミガメのスープです。
Q. 男がウミガメのスープを食べるのは初めてでしたか?
A. はい。初めてです。
Q. 男は『ダンジョン飯』の登場人物ですか?
A. 唐突なアキネーターやめろ。

解答はネタバレになるので省略するが、この問題が優れているのは、一見なんの関係もなさそうな「ウミガメのスープ」と「自殺」がきちんと論理的に結びついていること、そしてそのお膳立てがレストランの来店以前に準備されていることだ。

ただこのクイズには遊ぶ友達がいないと遊べないという難点がある。出題者が AI になってこちらの質問文を判定できればいいのだが、今のところ AI はそこまで発達していないはずだ。(回答者側の AI 化を成し遂げたのがアキネーターとも言える。正解はキャラクターに限定されるが問題文がいらない)

とはいえ私は問題は解くよりも作るほうが好きというタイプである。そこで今回は、この形式の問題を量産していくメソッドを(ひとりで)考えてみよう。うまくいったら100問くらい作って『ビジネス脳を鍛える! 大人の水平思考パズル』みたいな胡散臭いタイトルをつけて出版して印税でウミガメスープを食べよう。

冒頭に挙げた問題文は難解だが、作問のロジックはわりと簡単だ。「長いストーリーを一部だけ切り出して、一見ナンセンスな話に見せる」である(※本記事はマスメディアを批判する意図はありません)。全体のストーリー自体が奇抜である必要はない。むしろ回答者の納得のために平凡であるほうが望ましい。

さっそく作ってみよう。まず練習として自作のストーリーではなく、著作権フリーのものを拝借する。

 とある王都で、ある男が王の暗殺に失敗し、3日後に死刑と決まった。その後、男は故郷に行って妹の結婚式に出席し、3日後に王都に戻ると死刑が免除された。なぜか?

いい感じに意味不明な問題文になった。質問例はこんなところだろうか。

Q. 男は牢から脱獄したのですか?
A. いいえ。王の許可を得て結婚式に出席しました。
Q. 妹の結婚相手は権力者ですか?
A. いいえ。一介の羊飼いです。
Q. 3日の間に王都で革命が起きましたか?
A. いいえ。特に何もなく、王政は健在でした。
 男が「3日後に必ず戻るから妹の結婚式に出たい」と言い、王は信用できないと言った。男は友人を人質に出し、約束どおり3日後に戻ってきたので、王が感動して死刑が免除された。

うーむ。問題文中に提示されていない友人が出てくるのも唐突感があるし、自分を殺そうとした男を「感動した」と免除するのもなんだか納得できない。

これの難点は元ネタのストーリーが長すぎることだろう。太宰治『走れメロス』の全文を読めばそれなりの説得力があるのだが、3行に要約したことでかなりの無理が出てしまうのだ。もう少し短い話を使ってみよう。

 ある男が娘に「絶対に覗いてはいけません」と言われた部屋を覗くと、娘はおらず鶴がいた。なぜか。

「なぜか」じゃねーよ。こんなん全文示されても納得できん。

ここにきて気づいたのだが、昔話は「昔から話されている」という経歴で説得力をカサ増ししているだけであり、出来事や登場人物があまりロジカルではない。なので解答を示された時の納得感が弱いのだ。

次に故事成語を使ってみよう。これなら辞書で3行くらいのストーリーにまとめられている。

 ある将軍が、戦に不利とわかっていながら川を背に陣を敷いた。なぜか。
Q. 将軍は敵と内通していたのですか?
A. いいえ。普通に勝ちました。
Q. 戦場は水不足の乾燥地帯でしたか?
A. いいえ。中国の河北省で、温帯モンスーン気候です。
Q. 川の水には身体能力を一時的に増強する劇物が溶けていますか?
A. いいえ。中国にそんなサイケデリックな川はありません。
 追い詰められた方が兵が実力を発揮すると判断したから。

理屈はさっきよりも良いが「そういう考え方もあるよね」程度のもので納得感は薄い。というか完全にブラック企業の論理である。現代の労働観からすると「まず隗より始めよ」(優秀な人材を求めるなら凡庸な者を厚遇せよ)のほうが合いそうだが、これはこれで「あんな凡庸な者を優遇している王は人を見る目がない」と思われるかもしれない。


どうも既成のストーリーで横着するのは無理そうなので、自分で話を用意しよう。これは私の実体験である。

出来事 田舎道を歩いていたら急にトイレに行きたくなった。コンビニも公衆トイレも見あたらず焦っていたら、道沿いにぽつんとラーメン屋があった。
 急いで入って「トイレ貸してください」と言うと、店員が「当店でお食事はされますか?」と尋ねた。慌てのあまり「え、注文しないとトイレ使っちゃいけないんですか?」と答えてしまった。
 とはいえ腹も減っていたので、トイレ後にラーメンも食べて帰った。

なんてことのない話だが、これはウミガメスープの作問に使えそうだ。ラーメン屋を本来の用途である飲食以外に使っているからだ。必要な部分を切り抜いて問題にしてみよう。

問 ある男がラーメン屋に入った。店員が注文を尋ねると、男は「注文しないといけないんですか?」と答えた。どういうことか。

 トイレを借りに来た。

悪くない。ただこれだと「食券制だと勘違いした」や「常連客気取りで『いつもの』で通ると思っていた」の方が解答として通りがよく見える。男が必要としているのは飯ではなくトイレである、ということを問題文に仕込みたい。

 ある男がラーメン屋に入った。店員が注文を尋ねると、「いまお腹に何も入れたくないのですが、何か注文しないといけませんか?」と答えた。どういうことか。

結構良くなった。腹に何も入れたくないという発言が「満腹」と「トイレ行きたい」を同時に説明している。


ただ、施設を本来の目的以外で利用するようなことは日常生活であまり起きないため、問題の量産には適さない。そこで平凡な日常シーンからウミガメスープを抽出するためにDHMO論法を使ってみよう。

DHMO とは「一酸化二水素」で要するにただの水なのだが、表記を変えることで危険な化学物質かのように見せかけ、それが日常生活で使われていることを異常であるように言うレトリックのことだ。これを応用してみよう。平凡な出来事をわざと誤解を招く言葉で述べるのだ。

出来事 親知らずが急に痛みだしたので、歯医者に行って抜いてもらった。

登場人物は患者・歯医者の2人なので、肩書を伏せて男・女にしよう。

 ある男が突然痛みを訴えたため、女は男の骨を一本抜いた。骨は二度と戻らなかったが、男は女に礼を言って金を払った。どういうことか。

歯を骨と言っていいのかは医学的に疑問の余地があるが、問題文の異常性・正解の納得感はかなり良いので押し通せるだろう。質問はこんな感じだろうか。

Q. 2人は18歳以上ですか?
A. 女はそうです(歯学部を出ないと免許が取れない)。男もおそらくそうです(親知らずが痛みだす年齢なので)。

これはポンポン作れそうだ。もうひとつ行こう。

出来事 ある学校が修学旅行で古戦場跡に行ったが、生徒たちは歴史に興味がなかったので退屈そうだった。夜は旅館で枕投げをした。

修学旅行にありがちな風景だが、これも言い方ひとつでカフカ的不条理に仕立て上げられる。

 ある国の教師が、生徒たちを当人の意思に反して戦場に送り込んだ。到着した頃には戦闘が終わっていたため、生徒たちはがっかりして、その晩に生徒同士での戦闘が始まった。どういうことか。

日本の話だが「ある国の」と言うことでさも紛争地帯かのような雰囲気を出し、「歴史に興味がない」を「終わったことなのでがっかり」と言い換える。なんだか作れば作るほど作問者の性格の悪さが伝わるメソッドになってしまった。こういうこと考えてる人の契約書とか絶対サインしたくないな。


最後に読者のみなさんに問題をひとつ。

 ある男が海の見えるレストランに行くと、店員に入店を拒否された。男が顔を隠して再度来店すると、店員はさっき来た男だと気づいたが、今度は入店を許可した。どういうことか。
Q. 海は関係ありますか?
A. いいえ。

答えは非常にシンプルなので有料にしておこう。(分かってもコメント欄やSNSに書かないようにお願いします)


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