🍀〜世の中いろいろあっても四季は巡り🍀時間〈とき〉は刻まれていく〜まるで何事も無かったかのように〜🍀〈ｶﾌｪ69〉

カラン、カラーン。

「いらっしゃいませ」

初めてのお客さんが入って来た。

「よろしいですか」

そう聞いて来たのは、ちょっと初老の男性だった。全体をブラウンにまとめた服装。あまり元気はなさそうな雰囲気で、静かにカウンターの左側の椅子に座った。

「ここは、コーヒーだけなんですか？。面白いお店ですね。でも、素敵です。雰囲気もママさんも」

--- あらあら、イメージと違ってお世辞が上手い。お酒を出すお店が合いそうな人だ。

「はい。コーヒーだけなんですよ。私のブレンドなんですよ」

そう言って、おしぼりと水の入ったグラスをカウンターに置いた。そして、ちょっとキョロキョロ見渡して、

「ママさん、あのコーヒーカップはなんですか？」

棚にあるカップを見ながら言った。

「お客さんのマイカップと、この店のカップです。七色あります。ご希望あればお好きな色で」

すると

「ママさんから見て、私のイメージの色でお願いします」

そう男性は言った。

--- やっぱり、お酒が似合う人。

そう思った。

私は、ブラウンイメージの男性に、あえて橙色のカップに入れて、カウンターに淡い黄色いコースターを置いて置いた。正直、特に意味は無かった。咄嗟のイメージだった。

私は、ちょっと男性の反応が楽しみだった。

「橙色ですか。どうしてですか？」

--- やっぱり、そう来た。

「咄嗟のイメージです。特に意味はありませんよ」

私は正直に言った。すると、

「そうですか。イメージ？、ママさんって凄いですね。私が気に入った色も橙色でした。ママさんがカップを手にした時にドキッとしました。見抜かれているのかと」

そう言って、コーヒーを口にした。

「たまたまですよ。気に入って貰って良かったです」

「美味しいですね。このコーヒー」

「ありがとうございます」

すると、男性は突然黙り込んで、ゆっくりコーヒーを飲み始めた。

--- 何かあったのかな。

初めてのお店にふらっと入って来て、静かにコーヒーを飲んでいる。視線は定まらないような、何処か遠くを見ているような。

私は、何も語れない。男性が語るまでは。

そして、どのくらいの時間が過ぎただろう。

長く感じたけれど、たぶん５分も過ぎてはいない。すると男性が、

「世の中いろいろあっても四季は巡り、時間は刻まれていく。まるで何事も無かったかのように」

そう言った。

--- 確かに。

それでも、私は何も言えなかった。

あまりにも静かに言ったから。

「ママさん、私はどうして生きているんでしょうか。生きて行かなきゃならないんでしょうか」

男性はまた、そんな事を言った。

何かあった事は確かだ。でも、私からは聞けない。

「すみません。独り言を言ってしまいました。何か言いたかったんですが、口にしたら涙が溢れそうなので。もう少し落ち着いたら話しに来てもいいですか？」

「はい、もちろん。待ってます」

すると、男性はそっと微笑んだ。

--- 良かった。

そう、思った。

たぶん、私に話したところで解決出来る事ではないのだろう。でも、一人で溜めておくには辛かったのだろう。それでも誰かに、初めての店なら誤魔化せると思い来たのだろう。

独り言でもいい。

何かを吐き出せれば。

そして、吐き出せたのだろう。

私には、何があったのかはわからない。

でも、少しでも癒せられる場所になって貰えたら嬉しい。

そして、男性がぽそっと言った。

「ママさんって、何も聞かないんですね」

「すみません。あの」

「いえいえ、謝らないで下さい。私は、それに救われました。傍に居て貰えて、美味しいコーヒーを飲ませて貰えた事が一番なんです。わかっているんです。私の事は私が」

男性は、そう言って小さく頷いた。

「何か話したくなったら、いつでも言って下さいね。私は、ここに居ますから」

私は、そう言った。すると、

「アハハ。ママさん。コーヒーだけのカフェのママさんだけじゃ勿体ないですね」

そう言って、男性が笑った。

「うふふ。この場所が、お客さんが好きですから。ありがとうございます」

私が、そう言うと、

「参ったなぁ。何だか、さっきまでの私は飛んで行ってしまいましたよ」

男性は、確かに入って来た雰囲気とは変わっていた。明るい笑顔がそこにはあった。

男性は、もう一杯コーヒーを飲んで帰って行った。

--- 四季は巡り、時間は刻まれていく。

そうだよね。

本当に。

いろいろな事があっても、太陽は昇り、時間は刻まれていく。後戻りする事は出来ない。

わかっていても、ふと、時に寂しさを伴う事がある。

前を見よう。

明日を見よう。

わかっていても、振り返ってしまう時が。

それも、人間だからかな。

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