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【物語】アタシ、あほやから

母ちゃんの口ぐせは、「アタシ、あほやから」
オレには母ちゃんは、ヒマワリみたいに明るうて元気な人に見える。
「失敗してもええねん。やったぶん、お前の勝ちや」
そう言うて、オレのこと励ましてくれる。オレは、母ちゃんの笑顔が好きや。

母ちゃんは、いつも決まった店で買い物をする。肉は、精肉石丸。魚は、魚八。野菜は、谷口青果。みんな、母ちゃんの知り合いの店や。

母ちゃんは、学校に行ってない。やから、字も読まれへんし、計算もできへん。オレが一緒に買い物に行くときは、オレが代わりに計算をする。
「コータロー、なんぼや?」
「一九八〇円や。千円が二枚や」



知らん店にはじめて行くときは、決まって一万円札を出す。
「細かいの切らしてて、ごめんやで」
そう言うて、一番大きなお札を出す。わからへんねん。なにをどれだけ払ったらええか。

お金が足りへんて言われたときは、「ごめんやで。アタシ、あほやから」そう言うて、申し訳なさそうな顔で謝っとる。オレは、母ちゃんのその顔が嫌いや。

母ちゃんが、字も読まれへんし、計算もできへんて知って、騙してくるヤツもたまにおる。騙されとるのに、母ちゃんは「ごめんやで。アタシ、あほやから」って、申し訳なさそうな顔で、謝っとる。母ちゃんは、悪うないやないか。なんで、謝るねん。



あのときも、そうやった。
母ちゃんが急いで家に帰ってきて、タンスの引き出しをひっくり返しはじめた。
「どないしたんや?」
「お金、足りへんかったんや!」
「なに買ったんや?」
「コータローの服や」
「なんぼって、言われたんや?」
「待ってもろうてるから、あとやあと!」

急いで巾着袋を握って、玄関から飛び出していった。それで、そのまま車にはねられた。もう帰ってこんようになってしもうた。あの笑顔で「ただいまぁ。帰ったで~」って。

なんでや……。
神さま、母ちゃん、なんか悪いことしたんか?

あとでわかったことやけど、オレのために買った服は、五千円もせんかった。一万円出して、足りへんて言われたんや。それで、あわてて取りに帰ってきた。そのときも言うたんやろな。「ごめんやで。アタシ、あほやから」って。

なんで、そこでオレの服なんか買ったんや!
なんで、悪うないのに、謝ったんや!
なんで、母ちゃんなんや……。



母ちゃん、オレな。学校の先生になろうと思うねん。先生やのうてもええねんけど、子どもたちにオレの知ってること、教えてあげられる人になりたいねん。どんなときも、堂々と胸張って生きてほしいねん。母ちゃんが、教えてくれたことや。

オレ、あほやけど、頑張るから。母ちゃんがあほでないこと、オレが生きて証明したるから。ちゃんと、見といてや。


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