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【物語】荷物お預かり所

噂を頼りに、僕はその店を訪れた。
駅からすぐの高架下にある扉だけの建物。並んだ店のガチャガチャとした看板にはさまれたその扉は、休符のように静かにそこにあった。ゆっくりと扉を引く。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
窓のないカウンターだけの店内。僕は、扉とほぼ同じ幅の店内を、奥のカウンターに向かって歩いた。


「あの、荷物を預かってくれると聞いて来たのですが」
カウンターに立っているのは、皺ひとつないスーツを着た男の人。薄暗い店内で、男の人の細い眼鏡だけが照明を反射して光っていた。
「はい。無形に限りますが、お預かりいたします」
「無形?」
「はい。悲しい想い、苦しい現実、辛い過去。そのような形のない荷物をお預かりいたします」
人形のようなその人は、抑揚のない声で淡々と話した。


「預かってもらいたいのですが」
「承知いたしました。では、こちらの用紙にご記入ください」
カウンターに置かれた一枚の用紙には、名前、連絡先、お預かり日の欄の下に、お荷物の内容と書かれた欄が、他の欄より広めにとられていた。僕は、その欄にボールペンで記入した。『家族の記憶』と。


「お預かりしている期間は、私どもの管轄になりますので、ご自身では触れられないようロックさせていただきます。同意いただけるようでしたら、最後の欄にチェックを」
僕は、小さな四角にペン先を置き、レ点を加えた。
「それでは、お預かりいたします」


軽く頭をさげて店を出た。
薄暗い店内にいたせいか、外の世界が明るいと感じる。
「必ず、とりにくるから」
誰にむけた言葉でもない言葉をつぶやく。
駅から発車を知らせるベルの音が響いた。


「いずれお返しした際に、ゆっくりと荷ほどきなさってください。それでは、良い旅を」

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