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・元空自が語る3年間の自衛隊生活(教育隊編)・

どうも皆さんお疲れ様です!yu-kiです!!!
さて今回から航空自衛隊の教育隊での体験談を書いていきたいと思います。
3ヶ月の教育期間はとても貴重な時間を過ごす事ができました。
長くならないように頑張るので、ぜひ最後まで読んでくださいね!


いざ!防府南基地へ!!!!

航空自衛隊の教育隊は全国に2箇所あります。
西日本と東日本で分けられており、西日本が山口県の防府南基地で
東日本が埼玉県の熊谷基地です。
私は九州男児なので防府南基地の教育隊に入隊しました。

入隊初日は防府駅に集合だったので、心臓バクバクで高速バスに乗り防府駅まで向かいました。
やはりこういう時の「新生活始めるぞ!」ってのはかなり緊張しますよね。

防府駅に着いて待っていると全然それらしき人がいないんです!
不安MAXで駅内を探していると反対側の出入り口で自衛官の人を発見、防府南基地までの送迎バスに乗ることができました。

バスの中はたくさんの入隊者がいて、やはり皆さん緊張しているのか、会話もなく、ものすんごい重い雰囲気でした。

防府南基地に到着したら荷物を持ってグラウンドに集まります。
そこで隊舎の組み分けがあります。
私がここでビックリしたのは入隊者の多さです。
次々と大型バスが基地内に入ってきて、あっという間にグラウンドは入隊者でいっぱいになりました。

教育隊の隊舎は自衛官候補生だけでも4つあり、女性隊員、曹候補生を加えたら、もっとあるんじゃないかなと思います。

私は3中隊の2区隊24班に組み分けされました。
その時は1中隊から4中隊まであり、中隊でも1区隊から4区隊、さらに区隊の中で班に分けられるって感じです。
私の班は12人くらいでした。

部屋に案内され荷物の片付け(自衛隊では身辺整理と言う)をするように指示がありました。部屋は6個のロッカーとパイプベッドがあるだけの無機質な部屋です。

私が1番乗りだったみたいで1人で身辺整理をしていたら、同じ班の子が続々入ってきました。初対面で緊張しましたが、これから3ヶ月時間を共にする仲間です。自然と話すようになり、気が付けば皆んなで自己紹介をしていました。

年齢も様々で高卒の人、大卒の人、転職してきた人それぞれです。
私がその時22歳くらいだったかな、1番上は24歳でした。

その日は身辺整理や書類作成などがあり、あっという間に夕方です。

書類作成と言ったら面白い話があります!
身辺整理をしていたら別室に来るように放送がありました。
そこに行くと教官の方が何人かいて、誓約書みたいな紙に名前を書くように言われます。誓約書の内容はハッキリ覚えて無いんですけど、お国のために任務遂行できるか(ここではハッキリ書かないです。要するに任務遂行とは何なのか、察しの良い人は気づくと思います。)、そんな内容でした。

私はその誓約書にドキドキしながら名前を書いたのを今でも覚えています。
名前を書き終えたら、そこから教官達の態度が急変、さっきまで優しい口調だったのが命令口調になりビックリしました。

その誓約書に名前を書くことで、本当の自衛官になるみたいです。

教官達の急変ぶりに「お前ら役者か!笑」とツッコミたかったのですが、そんな事できる訳もなく、その場を後にしました。

その日に班長との顔合わせもありました。
30歳間際の優しそうな人でした。

夕食から集団行動スタートです。
グラウンドに集合し整列、人員報告して食堂まで行進して行きます。
行進の時も「イチ!イチ!イチ!ニッ!!」と声を出さないといけません。
食事もゆっくり食べることはできません。
長くても10分と言ったところです。

お風呂に行く時も同じです。
隊舎にお風呂はなく基地内の隊員浴場に行きます。
お風呂もゆっくりできないです。
とにかく人数が多くて脱衣所がムンムンしてます。
シャワーの取り合いになり、次の人が待ってるので体を洗ってすぐ出る感じです。
浴槽はありますが時間が無いので私は教育期間中は湯船には浸からなかったです。

初日からこんな過酷な生活なもんで、夕食を食べて辞める人も何人かいました。

確かに集団行動が苦手な方はキツいかもしれませんね。
3ヶ月間6人部屋でプライベートもないですし笑

私は大学まで陸上競技を通して部活での集団行動はやってきたつもりなので
そんなに苦じゃなかったです。

どうですか?初日から凄まじくないですか?
特に誓約書に関しては人生で驚いたことトップ10には余裕で入ります。

今回は教育隊初日について書かせてもらいました。
次回から教育隊でどんなことをするのか詳しくご紹介します。
最後まで読んでくれてありがとうございます。

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