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オールショパンリサイタル 浜離宮朝日ホール 角野隼斗


 最寄駅は築地市場駅。
 一時話題になった、あそこの近くなのかと懐かしく思った。
 駅構内のトイレに、足置き台があったけど、あれってどう言う時に使うんだろうか……? 誰か知ってる?

 入場時は、パンフやチラシは欲しい分だけ自分でもらう形。チケットもセルフで切る。
 コロナ禍が長期化するに伴って、入場システムが合理的な形にどんどん進化してる感があった。
 コロナ明け後も、このやり方は継続するのかな、なんてて考えつつ、ホールへ。

音楽ホール
 木の温もり溢れるホール。
 シューボックス型だが、同型の住友生命いずみホールよりも小さめ。
 装飾は少なめで、シンプルなデザイン。モダンな感じ。
 正面入り口&ステージ右側後ろ辺りにカメラ有。後、ピアノの周りにもいっぱいカメラが置かれていた。
 音の響きは、まろやかだが芯があって、ピアノの音色を聴くにはもってこいだと、私的には感じた。

オールショパンリサイタル

プログラム

エチュードハ長調作品10-1
エチュードロ短調作品25-10
スケルツォ第1番ロ短調作品20
マズルカ風ロンドヘ長調作品5
バラード第2番ヘ長調作品38
華麗なる大円舞曲変ホ長調作品18

ピアノソナタ第2番変ロ短調作品35「葬送」
スケルツォ第3番嬰ハ短調作品39
ポロネーズ第7番変イ長調作品61「幻想」

アンコール
ワルツ第6番変ニ長調作品64-1「子犬のワルツ」アレンジver.
ポロネーズ第6番変イ長調作品53「英雄」(英雄ポロネーズ)

※ショパンコンクールの一次予選、二次予選、三次予選で弾く予定の曲が、そのままプログラムになっているとのこと。
(これで全部ではないらしい)

 開演15分前に一度、アナウンスがあり、いつもより換気を強めにするとのこと。座席も一席ずつ空けての実施で、感染対策にものすごく気を遣っている印象。
 開始直前に、もう一度アナウンス。地震が起こった場合、スタッフの指示に従うこと。震度によって、途中で演奏が中止されることもある、とのお話も。
 そうだ、ここ日本は地震大国で、いつ来てもおかしくないのだ、この一瞬を大切に受け止めないと、と改めて思った。

 開演のタイミングで、ゆっくりと段階的に客席の照明が消えていき、反対にステージが明るく浮かび上がる。

 いよいよ始まるのを感じて、静まり返る客席。
 衣摺れの音さえ聴こえるのではないかと言う、張り詰めた空気。
 緊張で自分が唾を飲み込む音さえ、周りに聴こえて騒音になるのではないかと思う程だった。

 暫くして、角野さんが登場。
 椅子に座ると、ほんの少しだけステージ照明が暗くなった。
 それが、角野さんの心の中に入っていくような演出にも思えてドキドキする中、演奏が始まった。

 最初に、プログラムにないノクターンが弾かれ始め、あれ? と思いながらも、音色に惹きつけられて、そのうち演奏に集中していた。

 これまでも角野さんの音を聴くたびに、その美しさに魅せられたが、今日は何かが違うぞ、と自分の本能が訴えた。

 一音一音が、生きている。

 ショパンコンクール渡航直前と言うこともあり、彼の心の昂ぶりが、音に乗っていたように思う。
 ショパンに寄り添いつつも、角野隼斗の魂、熱情が籠った音。
 これまでになく、心を揺さぶられる演奏に、感動で胸がいっぱいになった。

 聴衆が一音も聴き逃すまい、すべてを胸に刻んで帰るのだ、とものすごく集中しており、とてつもない静寂の中の演奏だったからか、大音量で勢いよく弾く箇所に差し掛かる直前、角野さんが大きく息をするのが聴こえる場面が何度もあり、全身全霊で弾いているのが、ビンビン伝わって来る。

 角野さんが、速くてリズミカルなフレーズを華麗に弾きこなし、至福の世界を見せてくれるキラキラした音色をお持ちなのは知っていたが、今日は一味も二味も違った。

 穏やかなフレーズをゆったりと弾いて、天国のような音色で別世界へ誘い、減衰していく音、間でさえも曲のアクセントとして用いているかのよう。
 ショパンの激しい感情を表すような深い低音を、ゾクゾクするように奏でる。
 最初から最後まで、惹きつけられっぱなしだった。

 個人的に印象に残った演奏について。

 スケルツォの1番、最初のフレーズに戻る前の、高音から低音をバババッと弾く箇所。(わかりにくくて、すみません)
 音の強弱の付け方が、今までと違った印象だったのだが、他の人はどう聴こえたのか気になる。
 私は、所々に煌めく星屑が見えた気がした。
 その他、過去に「故郷を思う色です」と語られていた中間部は、以前よりもゆったりと、味わい深く弾かれていたように感じた。

 マズルカ風ロンド、華麗なる大円舞曲は角野さんにとっても合っている選曲だと思う。
 弾き姿は踊っているかのようで、音が飛んで、跳ねているように聴こえた。
 本選で弾いている所を、是非ともリアルタイムで見てみたい。

 スケルツォの3番、今年の3月に聴いた演奏では、低音の迫力に驚いた。どこか底辺に仄暗さが漂っており、ゾクゾクしながら聴いたが、今回はよりドラマチックになりつつも、陰陽のバランスが取れているような印象。

 アンコールは子犬のワルツのアレンジと、英雄ポロネーズ。

 子犬のワルツは、前半と後半はドラマチックに、中間部はしっとりとした演奏で、聞き応え抜群。
 ジャジーな音色や転調、美しい和音に酔いしれた。

 英雄ポロネーズは、勢いに乗った、弾むような生き生きとした音色。
 威風堂々とした英雄が目に浮かび、その姿に角野さんが重なる。
 ショパンコンクールに向かう、彼こそが英雄なのではと感じさせる、希望に満ち溢れた演奏。

 緊急事態宣言で21時までしか弾けない中、本当にギリギリまで弾いて下さって、感謝。


 トークでは、明日には日本を発つとの発言に、もうなのか、と驚き。
 予備予選から本戦まで、短いようであっという間だったなと思う。
「今日が日本最期の夜……いや、言い過ぎた(笑)」
と会場をわかせてくれた。

 その他、トークの途中、静かになった直後に、「拍手して!」と促すように、笑顔で手をパチパチして見せたり、最後は、「もう時間がないから、弾かないよ」と言うように、笑いながらそっと鍵盤の蓋を閉じたり……茶目っ気も覗かせた。
 笑顔で退場されたのを見て、ご本人も手応えのある演奏が出来たことがわかり、心から幸せな気分になった。

 ショパンコンクール、どうか心の赴くまま、自分の音色を会場から世界へ、思う存分轟かせて欲しいと思う。

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