見出し画像

[論文紹介]トノサマバッタの集合フェロモンとOR受容体

今回は, 化学生態学に関する論文を紹介します。
内容は, トノサマバッタの集合フェロモンに関して。
OAでないため, 内容に関してはザックリした解説にとどめます。

今回紹介する論文
Guo et al. (2020) 4-Vinylanisole is an aggregation pheromone in locusts. Nature 584: 584–588. https://www.nature.com/articles/s41586-020-2610-4


ポイント

・トノサマバッタ(Locustia migratoria)の集合フェロモンが同定 (GCMS分析)
・SPMEによる熱脱着と溶媒(hexane)による粗抽出
・集合フェロモンは, 4-ビニルアニソール (4-vinylanisole; 4VA)
・生理活性評価と野外試験を実施
・嗅覚受容体OR35 がフェロモンの受容体
・CRISPR-Cas9 により, OR35 をノックアウト
・単一感覚子記録法により電気生理学的にも実測

コメント

・SPMEだけでなく, 有機溶媒からの粗抽出も実施
 ( 化合物の変性についても考慮? )
・手法自体は古典的で堅い
・化合物に対する生理活性評価で, 滞在時間(t)をヒートマップで可視化しているのが面白い
・世界的な農業害虫で, かつ, 直翅目でのフェロモン同定の新規性(?)

ざっくりと解説

トノサマバッタ (Locustia migratoria)は世界的な農業害虫で, 甚大な被害をもたらします。いわゆる, 「蝗害」というやつです。
高校生物でも習いますが, トノサマバッタの仲間 (一部) は相変異を起こす昆虫として知られています。個体群密度に伴い, 孤独相と群生相に変化することは有名です。

分析化学

バッタが群生するのに, 集合フェロモンが関与しているそうです。中国科学院 動物学研究所 の Le Kang 博士らの研究チームは, 集合フェロモンとして, 低分子有機化合物である 4-ビニルアニソール (4-vinylanisole; 4VA, 図1) を同定しました。また, 野外試験も行い, 誘因活性があることも示しています。

図1. 同定されたトノサマバッタ (Locustia migratoria)の集合フェロモン

このフェロモンは, 令や性別に関係なく, 作用するようです。

分子生物学

次に, 集合フェロモンを受容する受容体を同定しています。
昆虫の化学受容体は, 大きく 3種類に分類されます。
OR (嗅覚受容体 Odorant receptor), IR (イオンチャネル型受容体 Ionotropic Receptor), GR (味覚受容体 Gustatory Receptor) です。
揮発性化合物は, 一般に, ORかIRで受容されます。

OR は節足動物の中でも, 昆虫で特殊化した受容体です。
一般に, フェロモンなどの受容は OR で行われます。

余談ですが, 僕は, 昆虫の受容体について, 和文の 森永 (2015) で勉強しました。神崎先生や光野先生, 櫻井先生, 祐川先生の解説もわかりやすいです。


森永敏史 (2015) 昆虫の化学感覚受容体と行動. におい・かおり環境学会誌 46 (4): 282-284.

光野 秀文, 祐川 侑司, 櫻井 健志, 神崎 亮平 (2021) 昆虫の嗅覚やその機能からセンサを再現する. 日本神経回路学会誌 28 (4): 162-171. 

さらなる余談ですが, カイコの性フェロモン・分子基盤に関しては以下の和文解説が詳しくて面白いです。

櫻井健志, 神崎亮平 (2014) カイコガの高選択・高感度な性フェロモン認識の分子・神経基盤. 蚕糸・昆虫バイオテック 83 (2): 115-127.


話がそれましたね。筆者らは, 受容体, 特に OR (嗅覚受容体 Odorant receptor)に絞り, CRISPR-Cas9 によりノックアウト。論文では OR35 のみ記載されていますが, 他の OR もノックアウトしたのだと思います。
OR35 をノックダウンさせたバッタは, 4VAに誘引されにくくなっています

電気生理

候補遺伝子のノックダウンを済ませて終わりにする論文も多いですが, 本論文では電気生理学的な手法も用い, 電位差を実測しています。ここ10年で, 論文は減った印象ですが, 古くからある, 着実で重要な実験です。


昆虫は多くの化学情報を, 触角で受容しています。
触角には小さなトゲが生えていて, 小さな穴が開いているものがあります。
その穴に, 化合物が入り(溶出), 近くにある感覚受容体が感知し, 膜電位が発生することで, 情報が伝達されます。

先ほどの OR35 が発現している感覚子 (論文の Extended Data Fig. 3 に局在が示されています。切片も染色もきれいです) を免疫染色により, 決定

本論文では単一感覚子記録法 (Single Sensillum Recording method: SSR 法)を用いて, 電位差を測定しています。この手法は, ある感覚子に刺激 (今回は化合物) を与え, その際の電位差を測定するものです。単一感覚子記録法 (Single Sensillum Recording method: SSR 法) については和文だと, 立石・渡邉 (2022) に詳しいです。

立石康介・渡邉英博 (2022) 昆虫の嗅覚受容機構を直接探る電気生理学手法:単一感覚子記録法. 比較生理生化学 39 (3): 150-159.


免疫染色により, OR35 の局在を示し, その感覚子で刺激が受容されていることを示す… とても丁寧で美しい仕事だと思います。
こういう仕事をいつかやってみたいものです。

この論文では, 防除などへの応用についても言及しています。フェロモンを用いた誘因トラップは, 困難な場合が多いですが, 今後の発展に期待です。

おわりに

とりあえず, こんな感じです。しばらくは, 化学生態学に関係する論文を中心に紹介してみようと思います。だんだん, 専攻分野以外の論文も紹介していく予定です。

それでは。また。

2024年1月14日 (日) 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?