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#41 突然の死/運命の恋

オーストラリアに住み始めてしばらくは語学学校に通ったり、時々主人のレストランでウェイトレスとして働かせてもらったり、ゆっくり過ごしていた。そして3ヶ月程経ったある日の夕方、私が主人と一緒に夕飯を作っていたら、私の携帯が鳴った。私は少し前に応募していた仕事の件かと、少し緊張しながら応答すると、電話口からは日本に居る妹の声が。仕事の電話では無かった安心感と初めて電話をかけてきた驚きで『何だ〜、どうしたの!?』と言うと『ママが死んじゃった。早く帰ってきて』と思いもよらなかった言葉が耳に入ってきた。私は何が起こったのか分からず、妹に再度聞いたが、妹も普通の精神状態では無く、帰ってきてと言うばかり。私は分かったと電話を切り、主人に電話の内容を告げた。こんな現実味の無い母の死を受け止められず、涙も出ない。ただただ頭の中が真っ白で何も考えられなかった。とりあえず夕飯を食べ…と言ってもほとんど食べ物は喉を通らず、主人はすぐに飛行機のチケットを探し始め、私は主人から渡されたスーツケースに荷物を詰めようとした。しかし、何が必要なのか全く分からず、何も考えられず、下着と適当な洋服を数枚入れて、ガラガラのスーツケースを閉めた。
時間は夜の9時。一番早い飛行機は次の日の朝の5時に500キロ離れた空港から飛ぶ事が分かった。主人は私の飛行機のチケットをオンラインで取り、夜通し車を運転し空港まで送ってくれた。車の中で主人から寝ていいよ、と言われたけれど、全く眠気も襲って来ず、ひたすら真っ暗な外の景色を眺めていた。
空港に着きチェックインを済ませ、主人と別れ、一人で出国審査を済ませた。飛行機の中でもただただ何をする気力も無く、機内食も食べれず、座っていただけだった。前日から落としていない化粧は私を更に惨めに映した。
成田空港に着き、リムジンバスに乗り、そこからタクシーを使い実家に帰った。たった3ヶ月しか離れていない家。見た目は何も変わらないのに、家の中は全く違っていた。
玄関を開け、リビングのドアを開く。そこには父、生後半年の長女を抱えた妹、母の姉と旦那さんが居た。家を見回しても母は居ない。遺体もない。聞くと、遺体は警察にあるという。
飼っていた猫しかいない状況で夜、お風呂に入り、そのまま脳出血を起こし倒れ、そのまま他界したらしい。父は出張中で、近所に住んでいた妹がたまたま翌日実家を訪れ、ドアに鍵とチェーンがかかっていて入れない事から業者を呼び、ドアを開けてもらって家に入った所、お風呂場から出しっぱなしになったシャワーの音が聞こえてきたらしい。

遺体も無く、私はやはり母が他界したという実感がまだわかない。けれど、葬儀屋の人が来て色々決めたり、妹の泣き腫らした顔、憔悴しきった父の姿が、母がもう生きていないという事実を物語っていた。

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