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トリノスサーカス①『トリノスサーカス新春公演』

小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想した小説を書きました。
それが『絵de小説』

今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。

https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/

https://twitter.com/nakagawatakao



①トリノスサーカス新春公演




 その町の名前は白百合町といいました。
 そこは動物たちが暮らす町でした。

 ネコにイヌ、ウサギにネズミ、ブタにウシ、クマとパンダ、タヌキにキツネ、他にも色々います。

 そんな動物たちが2本足で歩き、服を着て、言葉をしゃべり、みんな平和に暮らしていました。

そうそう、ニンゲンも少しだけいます。

 町はなんだかウキウキしています。
 それもそのはず、町の中央広場にあるトリノスサーカスの新春公演があるからです。

 サーカスは毎週公演しています。

 しかし、ジャグリングに手品、軟体芸に怪力芸、シーソーにフラフープ、アクロバットに火の輪くぐり、ナイフ投げにヘビ使い、ピエロのボール芸に水手品、音楽の演奏会にライブペイント、トランポリンに空中ブランコまで、一度の公演で、全ての演目を見られるのはこの新春公演だけなのです。

 町の名物となっていて、隣町からもかけつけてくるほど人気です。
 みんなおめかしをしてトリノスサーカスに向かっています。

 雲もなくよく晴れていてぽかぽかようきです。

「はぁはっぁはぁ」

 1匹のブタが走って行きます。
 顔にはよゆうがありません。
 服も寝間着のようです。
 クツも左右でちがうのをはいています。

 列に並んだお客さんの何人かは、必死に走る彼を見て笑っていました。

 そんな彼の後ろを追いかけるように、ダブルのコートにハットをかぶり、まん丸メガネに長い長い白ヒゲをたくわえ、カバンを持ったニンゲンが走ってきます。

 二人のきょりはどんどん開いていきます。

 ニンゲンの足は少しずつおそくなり、歩きだし、立ち止まり、はぁはぁはぁとあらい息をします。

「ドララさん、リッチのいつものヤツかい?」
 近くにいた1匹のシロクマがニンゲンに話しかけます。

「やぁ、オロッスさん」
 ドララは顔を上げて答えます。

「そうなんですよ」
「こんな日にちこくなんて、どうしようもないヤロウだね」

 必死に走っていたブタはジャグラーのリッチです。彼のちこくグセは少し有名でした。

「団長に見つかる前になんとか、っと思って行ってきたんですよ。どうかコレでお願いしますよ」
 ドララはそう言いながら、口の前に人差し指を立てます。

「もう、みんな知ってるよ」
 オロッスがそう言うと、まわりにいたみんながドッと笑いました。

「それでは、私もイロイロといそがしいのでコレで。今日は楽しんでください」

 ドララはペコリと頭を下げるとテントの方へ歩いて行きました。
 歩きに急いでいるのを感じられないのは、走りつかれているせいではありません。本当はそれほどいそがしくもないのです。ドララは道具係なので公演に出演するわけはないのです。
 そもそもいそがしかったら、わざわざリッチを起こしに行けるハズもありません。

 ぽかぽか陽気で気分もいい。
 ドララは、知ったモノがいるとあいさつをしながら歩いて行きます。

 サーカスのテントまではまだまだきょりがあるのに、入場の列ができていてます。

 その行列は、短くなるどころか、後から後からお客さん達が並び、どんどん長くなっていきます。

「やあどうもオッチくん」
 もうそろそろ、列の先頭がみえるか、テントの入り口が見えるか、といった所まできたときでした。子ネズミがさみしそうに、トボトボとテントの方から歩いてきます。

「おやおや、どうかしましたか?」

「……」
 オッチは下をむいたまま歩き続けます。

「オッチくん? ……オッチくん? オッチくん!」
 ドララが何度も呼びかけても答えようともせず、足もとめませんでした。 ドララはオッチの後ろをついて歩きました。

 やがてオッチは木の下に座ったかと思うと、ヒザをかかえ、顔をうずめてしまいました。ドララもとなりに座ります。

「どうしたんですか? ホントに」

「ほっといてよ……」
 声は泣いているようにふるえていました。

「おやおや、そう言わずに話してくれませんか? 少しは気が晴れるかもしれませんよ」

「……」

 長いあいだの沈黙でした。空はあいかわらず陽気で、テントへと続く行列は進んでいるものの、とぎれる様子もなく、最後尾が流れてくる様子もありません。

「チケットですか?」

 ドララが静かに聞くと、ヒザにうずめた頭で小さくうなずきました。

「おやおや、なくしちゃったんですか?」
「そんなんじゃないよ……チケットが買えなかったんだって……お母さんが……」「おやおや、そうでしたか……」

「そんなのウソだよ。ボクん家……お父さんが出て行ってからビンボウなんだもん……」
「おやおや、そんなこと言うもんじゃないですよ」

「ボクね、どうしても見たくって、立ち見でもいいからって思って、オモチャとか、いろいろ、古道具屋さんに売って、お金にしたんだ、でも……おそかったんだ」

「おやおや、そうでしたか」
 そう言いながらドララはオッチの頭をやさしくなでました。

「こんなことなら売らなきゃよかった。あのボール……お父さんが買ってくれたヤツなのに……」

 ぽかぽか陽気。
 新春公演を楽しみにしているお客さんたちの長い長い列。
 少年ネズミがこの世の終わりのような不幸を抱えているのに、気にするモノは1匹もいそうにありません。

 ドララに話をしても、自分の不幸をあらためて知っただけのようにすら思えます。

 どのような言葉をかけても、なんのなぐさめになりそうにありません。

 ドララは古道具屋の主人――オットセイのジュバルを思い浮かべます。

『ここは質屋じゃねぇんだ、買い戻すなんことできるわけねぇだろ』
 ジュバルなら、子供相手でもそんなことを言いそうです。

「わかりました。私が協力しましよ」

 ドララの言葉にオッチが頭を上げます。

 ドララは持っていたカバンを開けると、中からなにか取り出します。「さぁ、コレを君にあげましょう」

 それはチケットでした。

「……ボクにくれるのかい?」

 オッチはわけがわからず受け取ろうとしません。

「はい」
「でも……」

「おやおや、どうしました?」
「ホントに、ホントにボクにくれるのかい!?」
 ドララはやさしい笑顔でうなずきます。

「えんりょはいりませんよ。それとも、いりませんか?」
「いる!」

 オッチはチケットを素早く、ドララの手からうばい取りました。

「やった! やった! やった!」
 急に景気が上がったように、オッチは飛び跳ねます。

「おっほっほっほ」

「ありがとう!」
 オッチはペコリと頭を下げます。

「さあさあ、最後尾にいきなさい」
「うん! ホントにありがとう!」

 オッチは最後尾に向かって走り出しました――すぐにドララの所に戻ってきました。

「コレ!」
 オッチはポケットからなけなしのお金をだしてドララに差し出します。

「おやおや、いいんですよ」
「でも……」

「そのチケットのお礼がしたというのでしたら、他の誰かにしてあげてください。もっとラッキーなことになるかもしれませんよ」

「うん」
 
「それはそういう、魔法のチケットなんですから」

「わかった」
 と、言ったものの、オッチはいまいち理解できていない顔をしていました。

「ありがとう!」
 もういちど礼を言うと、今度こそオッチは最後尾に向かってはしていきました。

 ドララはしばらくの間手をふって、後ろ姿にながめたあと、テントに向かって歩き出しました。
 
 
   *
 
 
 オッチは最後尾までいっきにかけました。
 息をととのえながら何度もチケットをながめます。

 オッチはあきらめきれずテントの近くにいたのでした。それは、せめてテントの外にいて、もれ出る音だけでも聞こうとしていたからです。
しかし、あの場にいて、テントに入っていくモノ達を見ていると、みじめさがますだけでした。

 それでお家に帰っているときに、あんなラッキーなことが起きたのです。

「オッチ」
 呼びかけられ振り返ると、クラスメイトのミーがいました。

「どうしたの? そんなところに並んで?」
「それがね……」

 オッチは早口でいまさっきあったことをミーに話しました。

「……なんてラッキーなことがあったんだ!!」
 笑顔で、じまんするようにオッチはそう言いました。

「いいわね……うらやましいわ……」
 ミーの顔はどこか浮かない感じがし、それに気づいたオッチの顔から笑顔が消えました。

 それもそのはず、ミーもオッチと同じでチケットがないのです。オッチはうれしさのあまり、そのことを忘れてしまっていたのでした。

「じゃあ、楽しんでね……」
 ミーはオッチに背を向けると、肩を落としてトボトボ歩いて行きます。

 その後ろ姿を見て、オッチはムネがしめつけられる思いがしました。
 そしてとっても悪いことをした気がしました。

 今のミーは、さっきまでの自分より、ずっとさみしく、かなしく見えたのです。

「ミー!」

 オッチは列から離れミーの元にかけつけました。

「どうしたの?」
「これ、あげる」
 オッチはチケットをミーに差し出します。

「えっ?」
「いいんだ」

「でも……」
「はじめっからこんなのなかったって思えばいんだから」

 それでも受け取ろうとしないミーの手にむりやりチケットを握らせました。

「終わったらどんなだったか聞かせてね!」 
 オッチはそう言って走り去りました。

「ありがとうオッチ!」
 オッチは両手をふってそれに答えました。
 
 
   *
 
 
 とつぜん、はげしくドアがノックされました。
 お家の中にいたオッチは飛び上がりました。

「オッチ! オッチ! いないの!」

「ミー?」
 オッチはいそいでドアを開けます。

「いた!」
 ミーは、はぁはぁゼェゼェいいながら叫びます。

「どうしたの?」
 そう聞くと深く息を吸い込み、ミーは息をととのえます。

「おちついてね」

「それは君のほうだろ? 新春公演はどうしたの?」

「ちがうのよ! だまって聞いてよ!」
 オッチはいっしゅん身を引きます。

「私ね、あなたからもらったチケットで入場しようとしたの――」

「うん」
「――そしたらね、きゅうに、いきなり、あのピエロさんがカネをならしてね」

「うん」

「500匹目の入場者だって言ってコレをくれたの!」

 ミーがオッチにチケットを見せつけます。

 それは今まで見たことのない、金色のチケットでした。

「なにそれ?」

「あなたのよ!」
「え? なんで?」

「だってこのあなたがくれたチケットで、このキリ番のチケットが当たったんじゃない!」

「でも、君が当たったんだから……」
「なに言ってるの! これはあなたのよ!」
 オッチはていねに両手で差し出された金色のチケットを受け取りました。

 自分も今年の新春公演が見れるんだ。

 そう思うと、よくやくその喜びがわいてきました。

「わぁぁぁぁぁぁぁいいいぃぃぃ!」

オッチはその場で跳びはねます。

「はじまっちゃうわ! 行きましょ!」
 ミーはオッチの手をつかむと走り出します。
 オッチはなんとかミーについて走ります。

「ソレ、今年中だったらどの公演でも使えるんだって!」
「え!? そうなの!?」
 
 2匹して飛びはねながらトリノスサーカスのテントにむかっていきました。
 
 
 
 
 
 

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