日記2024年4月⑤

4月15日
晴れて暖かい。長袖Tシャツ。マッサージに行った。首肩腰ガチガチですねと言われた。マッサージには押す時間と弛緩する時間があり、また、押している場所と押していない場所がある。体全体を見れば、押していない場所と押していない時間のほうが長い。かといって、一度に押す場所と時間を増やして効率的になるとは思われない。押されていない場所と時間が大事なのである。なんなら押した場所と違う場所が弛緩すると考えられることもある。押されていない場所に効果が出る。マッサージでは部分を通して全体に働きかけている。右肩が凝っている人の右肩だけ揉むことはない。全体として緩み、全体として気持ちがよくなければ、たとえ右肩の筋肉の硬度が客観的に小さくなっても効果があったと言わない。体を揉むことと気持ちがいいことの間には質的な階層の隔たりがある。やることと狙っていることの間も離れている。部分の関係の網の目によって全体が形作られているときに、部分が変化すれば部分同士の関係が変化し、全体の布置が変化する。マッサージはそういうものであり、これはうつ病の治療と似ている。なんといっても神経細胞の受容体に作用する物質を、憂鬱感や興味関心の低下、不安感などの改善のために使用している。細胞が変化すると主観的な感覚の変化が起こる。問題の質的な階層に大きな隔たりがあっても、変わるものは変わる。部分に作用したものが全体を変える。仕組みはよくわかっていない。しかし経験的に何をどう投与すれば全体がどう変化するかを知っている。弛緩させる場所と時間、部分と全体、階層を跨ぐこと。これらがマッサージと治療の共通点で、こう考えたときに治療というものをどう見ているかというとシステム論ということになり、システム論的に治療を考えるというのはBio-Psycho-Socialモデルの起源から治療を考えるということである。そんなことを考えながら肩を揉まれた。
昼に食べたうどんが少しぬるかった。本屋で『高慢と偏見』下巻と『すばる』5月号を買った。桜庭一樹とかが屋の対談(鼎談)。天気がよく、日差しの下では暑いくらいで、水道水で手を洗うのが一番気持ちいい気候である。マッサージの後なので体のだるさが出た。子供と妻のお迎えをしてファミレスで食べて早めに帰り、早めに寝た。子供は幼稚園で歌った歌をすぐ覚えて家で歌う。最近は鯉のぼりなど。

4月16日
わずかに曇り。喉がイガイガし鼻水が出た。風邪っぽいと思ったのだが、午前の仕事を終えたらほとんど治っていた。休憩時間にうつ病治療の王道的なことが書いてある本をパラパラ見ていた。Kindleだけど。パラパラと。治療の基本骨格を丁寧に辿っていくと、時々小さな飛躍というか、自動的に越えたことにされているクレバスがあることに気がつく。そこにまだ言葉にされていない何かがあり、語られるのを待っているような気がする。
サイゼリヤでリニューアルしたイカスミスパゲッティを食べた。前のより食べやすく美味しいと思ったけれど、前のほうが好きだと思った。子供が2歳の頃は親が食べ終わるのを待てなくて、交代で店の外に連れ出して通りの車を眺めていた。ゆっくりなんてできなかった。そのときはストレスで頭皮がめくれるかと思うくらい大変だったのだが、今はそんなこともあったわねぇくらいの感じである。忘れるから子育てができる。忘れるから寂しいのだが、それも忘れるから育てていける。
今日は比較的気分よく過ごせた日だった。こういう日のあとに少しイライラしやすい日が来ることがあるので、ゆったりめに過ごすことにする。こういう気分のリズムを掴むのに数年かかった。
『高慢と偏見』24章、会話なし、情景描写なしで人物がどう考えどう動いたを説明的に書き下していく。ベネット家の土地を相続する権利を持つコリンズ氏(馬鹿)と次女を結婚させようとしていたのにエリザベスが断り、コリンズ氏は馬鹿だから隣の屋敷の娘に即求婚して打算的な婚約が成立した後の章で、ベネット夫人の怒りの激しさとめんどくささが爆発しているはずなのだけれど、箱にしまわれたように説明的に書かれる。15章あたりから続いていたコリンズ氏(馬鹿)の引っ掻き回しが一段落し、母(ベネット夫人)との遺恨を残しつつ、次の展開であるビングリーらの不在についてジェーンとエリザベスのそれぞれ少し違った観点での心配が書かれる。現代の小説であればもっと技巧的に会話や情景描写を挟んだりしてシーンの展開にテンポと躍動を出すのかもしれないけれど、書くことが書かれていればそのあたりは瑣末なことであり、大事なのは登場人物がそれぞれ良きことを為そうとしていることが書かれていることで、その連続でシーンができていることが群像的な喜劇のおもしろさを生んでいる。

4月17日
雲があるが晴れと言っていい。暖かい。肌着に長袖Tシャツだけにする。気分は悪くないが体はだるめでうっすらとソワソワする感覚が混じる。オレでなきゃ見逃しちゃうね。こういうときは余分な仕事ができる。うつ病本(仮)を書き始めた。しかしやりすぎないように。ゆったりめにやる。3000字で一旦おやすみにする。そうしたらどっと疲れが出た。
子供をお迎えして、妻の退勤が近かったので妻の迎えに向かった。子供が歩きながらトトロの「さんぽ」を歌っていた。絵に描いたような子供だと思ったが、いま手を繋いで歌いながら歩いている時間は二度とないのだとあらためて思った。車の中で寝て起きたら子供は機嫌が悪くて、立って泣き、座って泣いた。夕ご飯は焼きそばにした。妻が作ってくれてありがたかった。子供がめずらしく自分から「これじゃすくないよ」と言うので親の分から少し分けた。肉も野菜も全部食べてくれた。徐々に食べる量が増えて嬉しい。しかし子供に関して「めずらしく」というのは、大人に関して「めずらしく」というのとは違っている。大人についてはその人の一定のパターンの分布の中で周辺的な事象であるという点で静的であるけれど、子供についてはパターン外の事象が現れてパターン全体を更新している点で動的である。
郡司ペギオ幸夫『創造性はどこからやってくるのか』2章で、ラーメンにするか蕎麦にするか決められないで家に帰って寝ることにする話がある。二者択一の状況で想定外の行動が起こってしまうことを創造性のモデルとしている。ラーメンか蕎麦で迷ったときにそもそも蕎麦とは何であるかと郡司は考えるのだが、いやそうはならんだろ、と私は思う。そもそも蕎麦とは何であるかと考えて、蕎麦には蕎麦を食べたい気分や蕎麦屋という場所で酒を飲んだりする文脈も含まれるのではないか、文脈はどこまでとればいいのか、そもそも気分とは何なんだと考え始める。蕎麦の定義が発散し、蕎麦が何であるのかわからなくなる。いや、そうはならんだろ、と私はまた思う。胡乱だ。普通にツッコミが自動的に作動するところでツッコマない。ボケ続けていく。垂直方向にボケていく。胡乱だ。「ラーメンか蕎麦か」の緊張関係の中でそれぞれの「とは何か」を、いやそうはならんだろ、のレベルまで考えていくと、ラーメンも蕎麦も何だかよくわからなくなり、どうでもよくなる。これを郡司は「脱色」と呼ぶ。その「脱色」の現場に「家に帰って寝る」というわけのわからない行為が到来する。そういうストーリー。郡司の胡乱なストーリーを凡人の経験に繋ぐときに、垂直のボケ続けとツッコミレスという条件をよく考えたほうがよさそうに思う。そしてうつ病者にとってはツッコミは超自我の問題として古くから語られてきた。ツッコミレスは奥が深い。

4月18日
朝は曇り。柴崎友香さんと町屋良平さんのトークのアーカイブ動画を聴いた。午後、妻が休みを取ったので合流して、近所に新しくできたカフェで昼食にした。1歳過ぎくらいの赤ちゃんが荷物入れのカゴに入り込んでお荷物になっていた。妻が母子手帳入れが欲しいからアフタヌーンティーの雑貨屋に行くと言う。あるのかしらと思ったけれど、妻はたぶんあると言い、果たして確かにあった。薄いのと厚いのと2種類展開していた。妻曰くアフタヌーンティーは30代女性向けだからマタニティグッズがあるはずで、その中に母子手帳ケースがないと商売っ気を感じてイメージダウンになるからあるはずなのだと。私は全くそういう想像をしていなくて、母子手帳ケースという気に入ったらリピート買いするということの稀な特殊な商品はベビーグッズ専門の量販店にあるもので全てなのではないかと思っていた。育った文化の違いが出たねと妻に言われた。世界は知らないことだらけである。
妻と2人で子供のサッカー教室を見て、お迎えして帰った。回転寿司で軽く食べ、スーパーの敷地内の焼き鳥屋でいくつか買って帰った。腰の曲がった痩せたおじいさんが炎で顔を真っ赤にしながら焼いていて、いつもおじいさんのほうが焼き鳥になっているではないかと思いながら通っていたのだが、食べてみると予想の10倍美味しかった。タレをだくだくに漬けて袋に入れるのでそんなに漬けなくていいよと思ったのだが食べてみるとなんともよいタレであった。子供はつくねを食べた。
うつ病本(仮)、昨日の続きと意気込んだら全然筆が進まない。明日は日本うつ病学会のガイドラインと笠原の小精神療法についてよく読んで何かを書くことにしたい。
まだピリピリしやすい感じが微かにあるが、エネルギーはやや萎み始めたような感じがする。また60点くらいの感覚の日々に戻るだろうか。

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