野宿の中学生

現代となっては、公園で、橋の下で、寺の軒下などで野宿をしながら自転車にまたがり旅をする中学生なんてものは、たちまち補導されてしまうかもしれない。

平成にして3年。
青春という青い春まっただ中のジョー・宍戸くんは、中学になり初恋の中にいて、「自分」という者の存在に対して、疑問を持ち始めていた。

何しろ宍戸くんは勉強はできない。運動もできない。部活動は顧問と先輩からの嫌がらせにより幽霊部員となっていたため、本当にこう、パッとしない中学生。自分自身でも特に何か僕にはこれができる、という特技もないし、ハンサムでも男前でもない、そんな僕に華ちゃんは振り向いてくれないだろう。ああ、何か人にはできない何かがないかなぁ、と苦悶に満ちていた。

1年生の秋、宍戸くんは、同学年の少々ヤンチャな悪ガキ軍団が集団で相当疲れた様子で自転車をこいでいるところを見かけ、

「どこに行ってきたの?」

と聞いてみると、

「秩父だよ。あー疲れたー」
とガキ共のひとりが疲労の中に達成感とともにある種の優越感を携えた様子で宍戸くんに答えた。

「え、そうなの…。」
と宍戸くんはびっくりして、それしか答えることしかできなかった。
「ああいうみんなから一目置かれるようなヤンキーはすごいことすんだなあ。」
と思いながらも、
「そうだ僕は、補助輪が取れたばかりの僕を、母親とその友だちに、自転車道を伝い武蔵境から多摩湖まで連れて行かれたことがあったな、何度も転んでは叱られてばかりいたなぁ」

宍戸くんは勉強も運動もできないながらも、好奇心が旺盛で、ひとりで「冒険」「探検」なんてことを幼稚園の頃からしていて、自分だけの世界にどっぷりとつかっていた。

ただ、そんな宍戸君もいつの間にか中学生になり、みんながやっているから、俺も!という周りの考え方に疑問を覚えながらも、ただできの悪い、不細工な中学生を演ずるほかなく、ただただ、華ちゃんのことを思うばかりだった。

華ちゃんのことが頭から離れないのだ。モテるスポーツマンやヤンキー、優秀くんとは僕はまるで違うし、でも華ちゃんと仲良くなりたいよぉ!「付き合っ」て学校から一緒に下校しないなぁ!手なんてつないだときには僕はもう!

のぼせ上がる頭で鼻血でも吹き出すんじゃないかという夜を過ごし、エッチなラジオ深夜放送を聞きながら妄想にふけっていた。

華、と名前を書くだけでも、その書く手は震え、心が揺さぶられ、泣きたくなったり、逆にニヤニヤしたり、自分のできの悪さを怒ったり悲しんだり…、と、宍戸くんは初恋をしていた。初恋はまあ、誰でもそんな感じで、多少大人になった私たちは宍戸くんをこう、羨望と嫉妬の対象にすらできないだろうか?

宍戸くんは勉強も運動もダメな確かに「お出来の悪い」中学生。ただ書物を愛する少年であり、教科書で習った作家の本を手当たり次第読んだり、説明文や紀行文をよんでは、またそのたくましい想像力を働かせたりして、頭の中で「冒険」「探検」をしていた。


「ヤンキー集団は秩父に行って、それをみんなに豪語して、尊敬されていたけれど、僕にもできないかな」
と社会科の地図帳をパラパラとめくっていた。ちょうど中部地方のページで「浜松市というところは湖畔と海が当時にある町なんだ…行ってみたいな」という気持ちが湧く。

もし僕がひとりで自転車に乗ってここから浜松まで行ったら、みんなから、宍戸くんすごい!!となり、そしてまさか、華ちゃんも僕をすごい!なんて言ってくれるのかもしれないな、いや。浜松であればここから300キロ以上離れているし、すごい!どころか、宍戸くんかっこいい!なんて思われるぞ!きっとそうだ、そうに違いない!

さてさて、宍戸くんは中学2年生。中だるみとも言われる中で夏休みを迎えようとしていた。梅雨も明けてまぶしい日差しが照りつける。宍戸くんは本当に浜松まで埼玉県の地方都市から言ってしまうのだろうか。

。。。つづく

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