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「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称について考えてみる(5):その他の印欧語

今回は旧ソ連構成SSRの公用語のうち、残る印欧語族の言語3つによるソ連の正式名称を見ていきたいと思います。
今回紹介するのは、イタリック語派のロマンス諸語に属するモルドヴァ語(ルーマニア語)、インド・イラン語派の西イラン語群に属するタジク語、そして単独で一語派を形成するアルメニア語です。

各言語の特徴

モルドヴァ語(ルーマニア語)は、ラテン語の口語である俗ラテン語に起源を有するロマンス諸語のうち、東ロマンス語に含まれます。

言語名を巡る経緯は複雑です。「モルドヴァ語」とは実質的にはルーマニア語なのですが、モルドヴァがソ連に組み込まれて以降、表記体系がキリル文字に変更され、「モルドヴァ語」がルーマニア語と別の言語であることが強調されるようになりました。
1991年の独立宣言では、モルドヴァ共和国の国家語は「ルーマニア語」だと規定され、表記体系もラテン文字に戻されましたが、1994年に成立した憲法では国家語はラテン文字表記の「モルドヴァ語」ということになりました。しかし、2000年代に入って「モルドヴァ語」と「ルーマニア語」は同一言語の別名であると公的にも認められ、2013年、憲法裁判所が「独立宣言は憲法に優先する」との判断を下し、「ルーマニア語」が国家語であるという事になりました。2023年には、「ルーマニア語」が国家語であることを憲法にも記載しようという動きがあることが報じられました。

このページでは、モルダヴィアSSRの言語としてはソ連当時の言語であるということで基本的に「モルドヴァ語(ルーマニア語)」という表記にしますが、言語的特徴に言及するときは単に「ルーマニア語」とします。

ルーマニア語は語彙や文法でもかなり他のロマンス諸語と共通する特徴を有していますが、面白いのは、冠詞が単語の後ろにつくという、後置冠詞を持つことでしょう。これはロマンス諸語の中では他に見られないものですが、ルーマニア語の周辺言語では言語系統は異なるのに後置冠詞などの共通した文法的特徴が見られます。このように言語の系統によらない地域的な特徴を、言語連合(Sprachbund)といいます。
ルーマニア語が属するのはバルカン言語連合で、他にはアルバニア語、現代ギリシャ語、インド・イラン語派のロマ語、スラヴ語派南スラヴ語群の諸言語(ブルガリア語、マケドニア語、スロヴェニア語、ボスニア・セルビア・クロアチア語)などが含まれます。そのほかにバルカン言語連合内での言語特徴として、未来形を作るのに英語の want に相当する「ほしい」という意味の語を助動詞として使うことや、動詞の不定形/不定詞の使用を避ける傾向にあることなどが挙げられます。

タジク語は、インド・イラン語派の西イラン語群に属しており、イランの公用語であるペルシャ語の一変種であるとされます。しかし、ペルシャ語との「距離感」については政治的な理由も絡んで若干複雑だそうです。

ただ、かなり近い関係にあることは確かです。音声は若干の違いがあるものの、ペルシャ語にきれいに対応しており、例えばタジク語の о はペルシャ語の長母音 ا (â) に、е は長母音 ی (i) に対応してますので、「美しい」を表すペルシャ語の زیبا (zibâ) はタジク語では зебо となります。
文法的にも、現在進行形の作り方などに違いがあるものの、概して共通性が高いです。語順が日本語と同じSOVであることや名詞類に性の区別がないことも共通しています。

タジク語やペルシャ語の文法で特徴的なのが、エザーフェでしょう。ペルシャ語は歴史的に長らく非常に影響力の強い大言語でしたので、ヒンディー語・ウルドゥー語やオスマン・トルコ語などの周辺の言語にもエザーフェが移入しています。
エザーフェは、2つの語の修飾・被修飾関係を表すもので、語順上で先に置かれる被修飾語に接尾辞をつけることで、次に来る語が修飾語であることを表します(つまり後置修飾となります)。この接尾辞はタジク語では -и、ペルシャ語では ــه- (-e) です。単純に「~の」と訳すことで解釈できるもののほか、形容詞による修飾でもエザーフェが用いられます。また、使える範囲がかなり広いため、高度な文章になればなるほど、どんどんエザーフェで繋がれる語が増えるため、その正確な意味を読み解くのには苦労するそうです。

アルメニア語は、印欧語族の中で単独で一つの語派を構成する特徴的な言語です。下位分類として、アルメニア共和国の首都エレヴァンを中心とする方言が基になっており同国の公用語の東アルメニア語と、国外のアルメニア人が主な話者である西アルメニア語とに分けられます。

何よりも文字が特徴的ですね!大文字と小文字の区別がありけっこう形が違うため、覚えるのには苦労します。
音声・音韻の面では、破裂音と破擦音に有声・無声無気・無声有気の3種の区別があることや、子音連続の際には子音間にシュワー [ə] が挿入されること(epenthesis)などが挙げられます。

語彙の面では、一見すると音韻も相まって印欧語族であることが信じがたい印象も受けますが、基礎語彙や数詞を見ると、なるほど印欧語だな、と思えるものが見受けられます(դուստր(dustr)「娘」、ութ(ut')「8」)。
なお、アルメニアでは言語純化運動が行われ、ソ連下で移入されたロシア語からの借用語を純アルメニア語で置き換えようとしていました。ただし、単語が長くなってしまったり無理に説明的に作ったような語だったりする場合は、口語ではロシア語の単語のほうが用いられたりするようです。

文法の面では、性の区別が失われていることや、属格と与格が合流していること、奪格があること、豊富な時制と法の体系を有すること、語順は比較的自由であるものの基本的にSOVであることなどなどがあります。

モルドヴァ語(ルーマニア語)

モルドヴァ語(ルーマニア語)でのソ連の正式名称は、Униуня Републичилор Советиче Сочиалисте/Uniunea Republicilor Sovietice Socialiste(ウニウネァ・レプブリチロル・ソヴェティチェ・ソチアリステ)です。

ソースはこちらになります。

語順どおりに品詞で並べると、「(名詞+冠詞)―(名詞+冠詞)―形容詞―形容詞」です。

Униуня/Uniunea には定冠詞がついており、不定の単数主・対格は униуне/uniune です。見た目から明らかなように、英語の union と同語源、つまりラテン語の unio に由来していますね。もちろんこのラテン語は「1」を意味する unus から派生しています。
冒頭の方で言及したように、ルーマニア語では冠詞が後置されます。uniunea の語末の -a は女性単数の定冠詞です。二重母音 -ea はキリル文字では -я と書かれるようです。

Републичилор/Republicilor も見た目どおりというか、ラテン語の res publica に由来する「共和国」の意味です。女性名詞で不定の単数形は републикэ/republică、定冠詞のついた形は република/republica、定冠詞のついた複数形が републичиле/republicile ですが、републичилор/republicilor は定冠詞付きの複数属格形です。

Униуня Републичилор/Uniunea Republicilor で the Union of the Republics「ザ・共和国たちのザ・連合」ということですね。

Советиче/Sovietice は明らかにロシア語 совет の借用ですね。この語は形容詞で、不定の男性単数形は советик/sovietic です。ロシア語の совет に、形容詞を作る接尾辞 -ик/-ic をつけています。フランス語の soviétique を経由しているらしいですが、ルーマニア語としても解釈可能な語です。
советиче/sovietice の形は女性複数の属格形で、定冠詞はついていません。ルーマニア語では形容詞が名詞を後置修飾するときには、定冠詞は語順上最初に来る名詞のみにつきます。ここでは советиче/sovietice が直前の републичилор/republicilor に性・数の一致をして修飾しており、републичилор/republicilor に定冠詞がついているために советиче/sovietice に定冠詞は付きません。

Сочиалисте/Socialiste も同じく女性名詞の複数形である републичилор/republicilor に性・数の一致をして修飾しています。男性単数形は сочиалист/socialist で、これもフランス語経由のようですが、сочиал/social に「~する者」という意味の接尾辞 -ист/-ist をつけた語としても解釈できます。
なお、同じ形の сочиалист/socialist で「社会主義者」という名詞としての意味も表すようです。

上記のとおり「共和国」の定冠詞付き複数形は републичиле/republicile、「ソヴィエトの」と「社会主義の」の複数主格形はそれぞれ属格と同じ形のсоветиче/sovietice と сочиалисте/socialiste なので、「ソヴィエト社会主義共和国」の複数形は Републичиле Советиче Сочиалисте/Republicile Sovietice Socialiste、単数形にすると Република Советикэ Сочиалистэ/Republica Sovietică Socialistă になります。

「モルダヴィアSSR」は「モルドヴァの」を意味する形容詞 молдовенеск/moldovenesc を後置修飾させて、Република Советикэ Сочиалистэ Молдовеняскэ/Republica Sovietică Socialistă Moldovenească です。

以上を踏まえると、ソ連の正式名称のグロスは以下のようになるでしょう。

Униуня Републичилор Советиче Сочиалисте
/Uniunea Republicilor Sovietice Socialiste
Union.DEF Republic.GEN.PL.DEF "Soviet"ic.GEN.PL.FEM Socialistic.GEN.PL.FEM

あえて近づけて訳すなら、「ザ・ソヴィエト的な社会主義的共和国たちのザ・連合」ですね。

タジク語

タジク語でのソ連の正式名称は、Иттиҳоди Ҷумҳуриҳои Шӯравии Сосиалистӣ(イッティホディ・ジュムフリホイ・ショラヴィイ・ソスィアリスティ)です。

残念ながらソースとなる憲法のタジク語版が見つからなかったので、ウィキペディア頼みです。

Иттиҳоди は「連合」を表す иттиҳод にエザーフェの -и がついたものです。エザーフェがついているので、次に来る語に修飾されていることがわかります。

иттиҳод(ペル اتحاد)の語源はアラビア語の اتحاد (ittiḥād) の借用で、もととなるアラビア語では「組み合わせられる」「統合される」「一つになる」という動詞 اتحد (ittiḥada) の動名詞形で、さらに言えばこの動詞は「1」に関連する語根 و ح د  (w-ḥ-d) の派生動詞 VIII型です。
タジク語の解説という趣旨からちょっと脱線しますが、アラビア語では主に3つの子音がほとんどあらゆる単語の語根をなしており、この3つの子音に特定の接頭辞、接尾辞や母音を入れたり語根の子音を二重子音化したりすることで、規則的に意味が派生していきます。特に動詞のほとんどは語根の3つの子音を I~X の型に当てはめることで作られています。
語根 و ح د の場合、基本動詞とされる I型の وحد (waḥada) は「一人きりである」「独特である」といった意味を表すようで、その能動分詞形である واحد (wāḥid) は数詞の「1」になります。

本稿の趣旨からしたら本当に蛇足でしかないですが、アラビア語ってほんと、語学好きにはたまらないですね!

Ҷумҳуриҳои は「共和国」を意味する ҷумҳурӣ(ペル جمهوری)に複数形の接尾辞 -ҳо とエザーフェの -и がついたものです。タジク語の名詞の複数形はこの接尾辞 -ҳо がほとんどの名詞について用いられますが、他にも -он という接尾辞もあります。エザーフェがついているので、この語はさっきの Иттиҳоди を修飾しつつ、さらに自身も次の語に修飾されています。

語源はアラビア語の جمهورية (jumhūriyya) で、この語は「群衆、大衆」の意味の جمهور (jumhūr) から派生しており、「公共のもの」というラテン語 res publica の翻訳借用と言えるかと思います。

Шӯравии は шӯравӣ(ペル شوروی)にエザーフェがついたものですが、この語は「相談」「協議(会)」を意味するアラビア語 شورى (šūrā) を語源とする шӯро(ペル شورا)「評議会」に接尾辞をつけて更に派生させた語で、「ソヴィエト(の)」を意味します。ソ連的な「ソヴィエト」を表すために作られた語と言えるのではないかと思います。
これにもエザーフェがついていますので、前の語を修飾しつつ、次の語に修飾されています。

Сосиалистӣ はタジク語でもわかりやすいですね。「社会主義の」を意味する形容詞です。これが最後の語になるので、エザーフェはついていません。

SSRは ҷумҳуриҳо の単数形 ҷумҳурӣ にエザーフェをつけて、Ҷумҳурии Шӯравии Сотсиалистӣ です。そしてタジクSSRは Ҷумҳурии Шӯравии Сотсиалистии Тоҷикистон ですが、ロシア語でのタジクSSRの名称には таджикский という「タジクの」という語が使われているのに対し、タジク語の名称では Тоҷикистон「タジキスタン」が使われているのが興味深いです。

以上を踏まえ、ソ連の正式名称のグロスは以下のとおりです。

Иттиҳоди Ҷумҳуриҳои Шӯравии Сосиалистӣ
Union-EZ Republic.PL-EZ Soviet-EZ Socialistic

ほとんどがアラビア語からの借用語起源ということを踏まえると、訳すならば「社会主義のソヴィエトの共和国たちの連合」ですね。

アルメニア語

アルメニア語でのソ連の正式名称は、Խորհրդային Սոցիալիստական Հանրապետությունների Միություն(ホルルダイン・ソツィアリスタカン・ハンラペトゥツユンネリ・ミユツユン)です。

ソースは以下のとおり。

Խորհրդային (Xorhrdayin) は「アドバイス」「相談」や「評議会」「会議」を表す խորհուրդ (xorhurd) に形容詞を派生させる接尾辞 -ային (-ajin) を付けてできた形容詞です。派生したことで խորհուրդ の母音 -ու- (-u-) が消えて子音が詰まってしまっていますが、-րհրդ- (-rhrd-) の子音連続部分の実際の発音ではシュワーが補われて /rərd/ と発音されます。
さらに語源を遡ると、խորհուրդ は「考え」「思考」を意味する խորհ (xorh) に更に名詞を派生させる  -ուրդ (-urd) を付けたものになります。

Սոցիալիստական (Soc'ialistakan) は「社会主義者」を表す սոցիալիստ (soc'ialist) に形容詞を派生させる接尾辞 -ական (-akan) を付けてできた形容詞です。 

Հանրապետությունների (Hanrapetut'yunneri) は հանրապետություն「共和国」の複数属・与格形ですが、հանրապետություն は 「全般の」「全員の」「全体の」を表す形容詞 հանուր (hanur) と「長」「指揮官」を意味する名詞‎ պետ (pet) を組み合わせた上で、抽象名詞や集合名詞を作る接尾辞 -ություն (-utʻyun) が組み合わさった語です。つまり、「全員が長であること」、「(国民)総首長制」とでもなるでしょうか。なるほど!といいたくなるような翻訳ですね。

ここまでで、「評議会的な社会主義的な共和国」の複数形が表せます。単数形のSSRは Խորհրդային Սոցիալիստական Հանրապետություն (Xorhrdayin Soc'ialistakan Hanrapetut"yun) です。
アルメニアSSRは「アルメニアの」を表す形容詞 հայկական (haykakan) を付けて Հայկական Խորհրդային Սոցիալիստական Հանրապետություն です。

Միություն (Miut'yun) は数詞の「1」である մի に抽象名詞派生の接尾辞がついて、「連合」「連盟」「同盟」「連邦」を表しています。「一つであること」というわけです。

グロスにすると以下のようになるでしょう。

Խորհրդային Սոցիալիստական Հանրապետությունների Միություն
Councillary Socialistic Republic-PL-DAT/GEN Union

「評議会的な社会主義的な共和国たちの連合」ですね。語源も踏まえてあえてまどろっこしく訳すならば、「考え合い的な社会主義的な皆が長であるというあり方たちが一つであること」とでもなるのでしょうか。ちょっと冗長すぎて分かりづらいですが、「社会主義的」以外は固有語を使っているようですから、もしかしたら母語話者にとっての響きってこんな感じなんではないかな~と想像してみると楽しいです。流石に派生している語の組み合わせなのでそこまでのことはないでしょうが。


今回は複数系統の言語を扱っていたこともあり、なかなかの長文になってしまいました。どれもそれぞれに独特の魅力を備えた言語ですね。

次回はテュルク系の言語による名称を見ていきたいと思います。

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