ウクライナ語文法シリーズその17:具格、具格支配の前置詞
具格には様々な用法があります。概ね英語の前置詞 by が付くときに相当するのですが、一部感覚的に理解が難しかったり、英語の感覚からは外れる用法もありますので、一つずつ見ていきましょう。
具格の用法
道具・手段
具格の「具」は「道具」の「具」で、典型的には道具や手段「~で、~によって」を表します。
ロシア語の知識がある方は、特に最後の2つに注意してください。電話など通話・通信手段を表す時や、交通手段を表す時は、ロシア語と異なり、前置詞を用いず、ふつう具格単独で表されます。特に交通手段については、ロシア語で基本的な「前置詞+処格」という構造は非常に「ロシア語的」であり、避けるべきとされています。
また、日本語の感覚での「道具・手段」とはちょっとずれる場合もあります、例えば「満たす、一杯にする」という動詞を使う際にも具格が用いられます。「道具・手段」ということばかりが頭にあると逆に覚えづらいかもしれませんが、訳してみれば単に「~で」とすればよいだけですので、慣れましょう。
受動態の行為者
次の用法は受動態の行為者を表すものです。道具・手段を表す用法は英語では by で表せますが、受動態の行為者も英語で同様に by ですから、なんとなく掴めるのではないでしょうか。
なお、ウクライナ語では純粋な受動態の構文はあまり用いられません。受動の意味は別の箇所で説明する「不定人称文」という構文で表されることが多いです。しかし、文章語や特に堅い文では用いられますので、頭には入れておく必要があります。受動態構文の作り方は後々の回で記述します。
移動の場所・経路
ウクライナ語では、移動が行われる場所や経路を表す場合にも具格が広く用いられます。この場合、日本語では「~を」と訳すとよいでしょう。
時間の表現
季節や一日の時間帯の具格によって「~に」という意味を表します。これらは形の上では具格ですが、ほぼ決まり切った言い方なので、どちらかというとほぼ副詞だと思ってもよいでしょう。複数形になると、もう少し時間的広がりがあったり、「毎~、何~も」という意味になったりします。
なお、この用法は、ロシア語の影響によるものだとしてウクライナ語的には誤りだとする見解もありますが、わりと用いられている印象です。
特に季節や時間帯について「純ウクライナ語的」とされるのは в/у(「春」は на)と合体させた副詞ですので、それぞれについてついでに括弧書きで紹介しておきます。
その他具格の形で時間についてよく用いられる例を挙げておきます。
動作の様態
具格には、動作等の様態や状態を表す用法があります。下記の二例は、いずれも「~で」と訳すことができ、日本語の感覚的には「手段」と解釈してもよいのですが、動作の様態を表す一例です。
これに対して、以下の例を見てみてください。
леті́ти は「飛ぶ」、стріла́ は「矢」という意味ですが、これは、交通手段を表す具格ではないので、「矢に乗って飛ぶ」という意味ではありません。ここでの具格は様態を表していますので、日本語に訳す場合は「~として、~のように」となります。
従って、леті́ти стріло́ю は「矢のように飛ぶ」という意味になります。
具格のこの用法は、少し日本語の感覚や「道具・手段」という具格の基本的な用法から連想しづらいものです。具格に行き当たって道具・手段と解釈してうまくいかなければ、「~として、~のように」というニュアンスから考えてみてください。
いくつか他の例を紹介しておきます。ニュアンス上、文学的な表現が多いです。
なお、「主格、呼格」にて、A=B を表す時、過去形や未来形では B が具格になる、と説明しましたが、それもこの様態を表す用法によるものです。現在形の場合はそのまま主格で良いのですが、過去形や未来形では、その当時の様態として B が理解されますので、具格を取るのです。つまり、「AはBだった」という文は、回りくどくいえば、「AはBとして存在していた」ということになります。
また、ここから転じて、具格は状態の変化のニュアンスも含まれます。動詞 ста́ти/става́ти は様々な意味を持ちますが、「~になる」という意味を表すとき、「~に」は具格を取ります。
具格支配の前置詞
これまで見てきたように、具格は単独でも様々な用法がありますが、前置詞と共にもよく用いられます。特によく用いられるのは、一つ目に紹介する з (із, зі, зо) 「~と、~と一緒に」です。これ以外の前置詞は、空間的・時間的・抽象的な位置関係を主に表します。
з (із, зі, зо) 「~と、~と一緒に」
非常によく用いられます。英語の with に相当するため、「~入りの、~付きの」という名詞句を作ることもあります。
また、数字を表すとき、特にполови́на 「2分の1、半分」など一語で分数を表す単語を用いる場合は、日本語や英語の感覚と異なり、接続詞 і や та ではなく「整数+ з +分数を表す語(具格)」の形で表されます。
このほか、日本語とは感覚が異なりますが、英語の with に直訳すると理解しやすい表現もあります。
за 「~のうしろに、~の向こうに、~のために、~を通じて、~の際に」
こちらも非常によく使われる前置詞です。意味合いとしては「うしろ、あと」を意味しますが、特に抽象名詞につく場合には日本語の「うしろ、あと」の感覚とは少々異なり、広い用法を持ちます。
また、日本語の「うしろ」という意味からはなかなか想像しづらいのですが、以下の2つの例のような用法は非常によく使いますので是非覚えてください。
між 「~の間に」
対格と共に用いられると「~の間へ」と方向を表していましたが、具格と共に用いると静的な位置関係を表します。
над, по́на́д 「~の上に、~に関わる」
対格と共に用いられると「~の上へ」と方向を表していましたが、具格と共に用いると静的な位置関係を表します。
また、日本語の感覚とは少しずれますが、特に仕事や作業に関して、「~の(に関わる)仕事」ということを表す際にも用いられます。下記の例は、執筆や製本、出版など、本に関連して取りかかるべき何らかの業務や作業を表します。
пе́ред 「~の前に」
対格と共に用いられると「~の前へ」と方向を表していましたが、具格と共に用いると静的な位置関係を表します。時間的・空間的に「前」という意味です。
під, по́під 「~の下に、~に向かって、~付近に」
対格と共に用いられると「~の下へ」と方向を表していましたが、具格と共に用いると静的な位置関係を表します。また、日本語でも「東京都下」などというように、都市名など場所を表す名詞と用いられる場合には、その近辺を含む場所を表します。日本語の「下」とはちょっと発想が異なり、訳し方に気をつけなければいけない時もあります。
このほか、抽象名詞と共にもよく用いられます。日本語で「~下で」と訳せたり「下」のイメージで理解できることもありますが、そうではない場合もあります。
また、下記は慣用表現として覚えてしまいましょう。
по́за 「~の裏に、~の向こうに、~を越えて、~のあとに」
за に似た意味ですが、これよりも意味範囲が狭く、空間的・時間的な意味を主に表します。
これまで6回にわたってそれぞれの格の用法と前置詞を見てきましたが、いかがでしたでしょうか。
日本人にとってはかなりややこしいものも多く含まれていましたが、今後の説明の中で、または学習を進める中でこれまでの用法の記事に戻って参照いただけたら嬉しいなと思います。
次回は形容詞の変化に進みたいと思います。
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