見出し画像

ウクライナ語文法シリーズその12:主格・呼格

名詞の格変化を覚えたところで、それぞれの格の用法をもう少し詳しく見ていきましょう。

単純に日本の助詞で置き換えてしまえばいい用法もあれば、日本人にとっては少々理解しづらい用法もありますが、それぞれ紹介していきたいと思います。

また、ウクライナ語の前置詞は主格及び呼格を除く格(言語学ではまとめて「斜格」と呼びます)につきます。前置詞によってその後に置かれる名詞の格が決まっていたり、同じ前置詞でも後に置かれる名詞の格によって異なる意味を表すことがあります。


 まずは簡単な主格・呼格から見ていきましょう。

主格

主格はその名のとおり文中で主語を表します。日本語の「~が」または「~は」に相当します。また、辞書でも名詞は主格の形で載っています。前置詞が付くことはありません。

Студе́нтка чита́є кни́жку. 「学生(女性)が本を読んでいる」

 ウクライナ語は名詞の格変化や動詞の変化がしっかりしており、文法的な意味を見失いづらいため、英語やフランス語のような語順の制限はありません。そのため、主語は文中のどこに来ても大丈夫です。すなわち上の例文は下記のように 6通り全てが文法的に正しく、いずれも студе́нтка が主格のため常に主語です。

Студе́нтка чита́є кни́жку.
Студе́нтка кни́жку чита́є.
Чита́є кни́жку студе́нтка.
Чита́є студе́нтка кни́жку.
Кни́жку читає студе́нтка.
Кни́жку студе́нтка читає.

 

ただし、語順によってニュアンスは変わりますし、よく使われる語順というのももちろんあります。いちばん基本的というか、ニュアンスが最も少ない語順は英語と同じくSVOとされています。

また、動詞の説明のところで再度説明しますが、動詞の形は主語の性・数に一致します。

Зима́ наста́ла. 「冬がやってきた」 ←動詞は女性形
Час наста́в. 「時が来た」 ←動詞は男性形

 なお、全ての格にいえることですが、ウクライナ語には英語の a や the のような冠詞が存在しません。英語の a student と the student のいずれも студе́нт/-тка となりますので、文脈によって「その」をつけた方が良い場合もあります。

В аудито́рії сиді́ла одна́ молода́ ді́вчина. ... Студентка відповіла́…
「講堂にはひとりの若い女性が座っていた。・・・その女学生は~~と答えた。」

 

 A=B(「A は B である」)を表す文では、現在形では B も主格となります。なお、この場合英語などではbe 動詞の現在形が使われますが、ウクライナ語では be 動詞に相当する бу́ти の現在形はかなり失われており、通常は現れません。その場合書き言葉としては 「―」(ダッシュ)で結ばれます。

Ки́ївстоли́ця України. 「キーウはウクライナの首都だ」
Іва́нгео́лог. 「イワンは地学者だ」

 

A=B の過去形は少々注意が必要で、B は多くの場合具格となります。

І́гор був студе́нтом. 「イーホルは学生だった」

具格には状態・様態の変化を表す用法があります。上記の例では、このように言及される時はイーホルさんの学生時代の話をしたい、つまり自然と「(今は違うけど当時は)学生だった」ということを表したい時なので(今も学生なら現在形で「І́гор – студе́нт.」と言わないと逆に不自然)、студе́нт 「学生」は具格になります。

ただし、主格でもOKの場合があります。過去の歴史的事実を表す場合で、「今は違うけど」というニュアンスが言外にもない場合です。ただし、この場合でも具格を用いても大丈夫です。

Шевче́нко був пое́т/пое́том. 「シェウチェンコは詩人だった」

シェウチェンコはウクライナを代表する大詩人です。現代ウクライナ標準語の基礎を築いたとされています。

 

呼格

呼格は人や事物に呼びかける際に使用されます。前置詞が付くことはありません。
特に個人名のとき、主格と異なる形で呼びかけなければいけないのは日本人にとってはなんとも奇妙に思えるかもしれませんが、慣れていきましょう。手紙やメールの書き出しも呼格になります。

А́нно, ти де? 「アンナ、どこにいるの?」
Дороги́й дру́же, 「親愛なる友へ(手紙の書き出し)」
 


ここで人への敬意を込めた呼び方を紹介しておきます。日本語の「~さん」や「~様」などに相当するものです。なお、日本では身内、例えば自分の上司に関して、対外的には呼び捨てにする文化ですが、ウクライナではそのようなことはなく、(日本人的な感覚での)身内も敬称で呼んだりします。 

敬意を込めた呼び方には、①「名前+父称」、②「пан/па́ні+名字や役職」の2通りがあります。

①「名前+父称」


人名の変化で紹介したとおり、ウクライナ人の名前は名前・父称・苗字の3つの要素から構成されます。このうち、名前+父称で呼ぶことで日本語の「苗字+さん」や「苗字+役職名」に相当する呼び方になります。
学校で先生を呼ぶときや、職場で上司を呼ぶときによく用いられます。訳すときは文脈に応じ、苗字に「さん」か「先生」、「部長」といった役職名をつけるようにすれば良いでしょう。

ところで、この表現を使うためにはその人のフルネームを知っておく必要があるので、なかなか大変です。ここでは例文としてゼレンスキー大統領に登場してきてもらいます。フルネームは Володи́мир Олекса́ндрович Зеле́нський です。

Прохо́дьте сюди, Володи́мире Олекса́ндровичу. 「ゼレンスキーさん、こちらへどうぞ」
Як Володи́мир Олекса́ндрович зазна́чив, … 「ゼレンスキー大統領が指摘したように…」

②「пан/па́ні+苗字や役職」


日本語の「~さん」や「~様」に相当します。苗字や役職につけるので、どちらかというと日本人にとっては使いやすいかもしれません。
男性に対しては пан を、女性に対しては па́ні をつけます。女性の па́ні は不変化で大変ありがたいのですが、男性の пан は格変化をしますので以下に示します。

пан 「~さん、様(男性)」

複数の呼格形で特殊な形 пано́ве があるのをよく覚えておいてください。 

ここでもゼレンスキー大統領に登場してもらいましょう。пан/па́ні は役職名にもつけられるのが特徴です。

Прохо́дьте сюди́, па́не Зеле́нський. 「ゼレンスキーさん、こちらへどうぞ」
Прохо́дьте сюди́, па́не президе́нте. 「大統領閣下、こちらへどうぞ」
Як пан Зеле́нський зазна́чив, … 「ゼレンスキー大統領が指摘したように…」
Як пан президе́нт зазна́чив, … 「大統領閣下が指摘したように…」

なお、пан/па́ні は単独でも用いることができます。道ばたで会った人や市場で買い物するときの店の人など、見ず知らずの相手などに対しても日本語の「すみません」のように使えるので便利です。複数形、特に呼格 пано́ве は人のグループに対してまとめて、名指しせずに使うことが多いです。

Па́ні, ви щось упусти́ли! 「すみません、何か落としましたよ(女性に対して)」
Пане, скажі́ть, будь ласка, котра́ за́раз годи́на? 「すみません、今何時でしょうか?(男性に対して)」
До́брого ра́нку, пано́ве! 「皆様、おはようございます」

なお、呼びかける相手が複数いる場合、па́ні が使えるのは女性のみのグループの場合だけで、ひとりでも男性がいれば пани́/пано́ве となります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?