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大型類人猿はひとなのか、ひとでないのか(1)擬人化の問題

「チンパンジー」はNGワード?

大型類人猿は不快なコンテンツ?

上の画像は、Canvaという画像生成AIに「A panda surfing a wave」で作らせた画像です。もちろん、フィクションです。野生のパンダがサーフィンすることはないし、パンダを調教してサーフィンをさせたという例も聞いたことがありません。生成型AIを使うと、このようなありえない画像も作れてしまいます。

ところが、同じCanvaを使って「A chimpanzee surfing a wave」というフレーズを与えると、画像は生成されません。「chimpanzeeから、安全ではない、または不快なコンテンツが生成される可能性があります。言い換えて、もう一度やり直してください」というエラーメッセージが表示されます。

chimpanzeeの代わりにgorilla、orangutanを用いても同じです。monkeyでもダメでした。どうやら、CanvaのバックエンドのAIには、パンダがサーフィンしている画像は問題ないが、大型類人猿やサルがサーフィンしている画像には問題があると判断するアルゴリズムが組み込まれているようです。

大型類人猿の擬人的表現が問題?

しかし、chimpanzeeという単語がNGワードというわけではないようです。「A chimpanzee in the African forest」とすると、森の中のチンパンジーの画像を生成してくれます。これはいったいどういうことでしょうか?

いろんなフレーズで試してみて、どうも人為的環境の中だったり、人間がするようなみなりや行動をさせようとするとエラーになることがわかりました。「A chimpanzee riding a bicycle」はNGになります。

ただ、必ずしもそうとはいえなくて、さっきやったら「A chimpanzee eating fruits on the tree」もだめでした。NGの範囲が広く、自然の風景っぽくても結構NGになります。でも、フレーズに人工物が入っているとほぼ100%NGです。

もっとも、いくつか「穴」がありました。「chimpanzees」と複数形にするとあっさりサーフィンするチンパンジーの画像が生成されました。また、「bonobo」はNG指定されていないらしく、単数形でもなんでもできてしまいます。bonoboという単語を知らないのにボノボの絵を生成してしまうところが、いかにもAIって感じですね。

これは偶然ではない

私は、大型類人猿やサルの擬人的表現がNGになるのは、開発者が意図的に仕組んでいることだとかなりの確信を持っています。その理由のひとつが、だんだん厳しくなっていることです。数ヶ月前NGなのはchimpanzeeだけでした(「A gorilla surfing a wave」でサーフィンするゴリラの画像が生成された)。いまはゴリラもサルもNGです。そして、NG率が上がっています。おそらく、近いうちにbonoboもNGになるでしょうし、複数形の逃げ道も塞がれるでしょう。

擬人化された大型類人猿は保全に悪影響である

Rossさんの研究

シカゴのリンカーンパーク動物園で大型類人猿の保全や環境エンリッチメントの研究をされていたSteve Rossさんという方が、2011年に非常に興味深い論文を発表しました。それは、メディアやネットで流布される大型類人猿のイメージが、人々の大型類人猿保護に対する認識に影響するというも
のです。

この研究では、チンパンジーのさまざまな合成写真を作成し、それらを見た人がチンパンジーやその保護に対してどういう意識を持つかを調べました。リンク先で要約を読むことが出来ますが、簡単に要約すると、人間と一緒に移っていたり、服をきていたり、オフィスなどの人工的な背景の中に配置されたチンパンジーの画像を見た人は、より自然なチンパンジーの姿の画像を見たヒトと比べ、

  • チンパンジーに愛玩動物としての魅力を感じるようになった

  • チンパンジーが絶滅危惧種であるという認識が希薄になった

のです。簡単にいうと、擬人化された大型類人猿のイメージに触れていると、人々は野生の大型類人猿を大切に思い、その危機に思いをはせることが少なくなってしまう。ここから、Rossさんはメディア等による大型類人猿イメージの流布には注意が必要だと指摘しました。

もはやショーは時代遅れ

日本でもごく最近まで全国ネットのゴールデンタイムにコドモのチンパンジーに服を着せて芸をさせるのを売りにしたテレビ番組がありました。また、かつては日本のいくつもの動物園がチンパンジーやゴリラのショーを行っていました。さらに昔には、ヨーロッパのサーカスでは調教されたチンパンジーがいろんな芸を行っていました。

しかし、そうした類人猿ショーは使役されるチンパンジーやゴリラたちの心身に過大な負担をかけるばかりでなく、それを見る人たちに対して、大型類人猿に対する誤ったイメージを植え付けてしまう危険性があることが指摘されるようになりました。

Rossさんの研究は、こうした関係者の懸念を科学的に証明するものでした。やっぱりそうだったんだ、というのが、大型類人園の保護や福祉に関わる人々の共通認識です。

今では、動物園で類人猿ショーを行うのはまったく不適切であるとされ、欧米の動物園ではそんなことは行われなくなりました。日本でも、日本動物園水族館協会に加盟している園館では行われなくなりました。大型類人園のショー利用の歴史や課題については、以下が参考になります。



生成型AIのモラル

Canvaが大型類人猿を擬人的に表現した画像の生成をNGとしているのは、まちがいなく、こうした議論を踏まえてのことでしょう。急速に進歩する生成型AIは、面白がる人や有効活用する人もいる一方で、フェイク画像の生成や反社会的なアウトプットで人々を扇動するリスクも指摘されています。Canvaのバックエンドの開発者の人が大型類人猿保護についてどのような意識を持っているのかは定かではありません。しかし、外部の指摘か自主規制かはともかく、そうしたリスクに対応していることは、基本的にはよいことだと思います(「悪い例」みたいなものを作れないのはちょっと困りものですが)。

ではなぜパンダはいいのか

しかし、ここで当然生じる疑問があります。なぜパンダはNGでないのでしょうか?

言うまでもないことですが、パンダ(ジャイアントパンダ)も野生動物であり、絶滅危惧種です。パンダを愛玩動物と認識したり、パンダは絶滅危惧種じゃないんだ、と思う人が増えたら困るのは同じことでしょう。

RedList上のパンダのステイタスが大型類人猿よりは低い「VU」だからでしょうか?それとも、パンダに関しては、擬人的表現をしても人々の認識に悪影響を与えないのでしょうか?

私は、この点、すなわち、「大型類人猿は特別に擬人化が問題である」とする点に、大型類人猿を保護しようとする私たちの側の問題が隠れていると感じています。数回にわたって、この問題を考えてみます。

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