職場における自殺対策をどう進めるか〜不幸にも自殺が起きてしまった時〜

 今回は自殺対策における三次予防対策について書いてみます。三次予防対策は「再発防止」ですが、自殺が生じたい際にはご本人は亡くなっているので、本質的には「再発はしないし防止もできない」のですが、自殺という出来事を職場としてどのように受け止め、周囲への影響を考慮した対応、つまりポストベンション(事後介入)が必要になります。また、著名人の自殺報道などにより「後追い」が起きることも知られていますので、そういった意味では、再発予防対策とも言えます。

 なお、著名人の自殺に関する報道については、WHOから「メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き」が発行されており、日本語版も作成されています。

 さて、自殺という出来事が、周囲の社員にとって心的外傷(トラウマ)となり、メンタルヘルス不調が生じる(二次被害)だけでなく、会社の事後対応に対する不信感(「仕事が原因なのに冷たい対応をしている」、「会社は情報を隠している」など)が生じ、職場環境やその後の業務にも影響する場合があります。また、自殺に至る経緯は様々ですし、ほとんどの自殺は心理的視野狭窄という「自殺するしかない」、「自分に出来ることは自殺しか残されていない」といった観念に囚われ、「生きていたい」という相反する感情を抱えているともいわれていますが、同じようにメンタルヘルス不調を抱える社員の方が、同僚の自殺を耳にして、「自分も同じように自ら命を絶たなければならない」と感じ、後追いで自殺をしたということもあるようです。

 なので、不幸にも自殺が生じた際にはポストベンションなど、メンタルヘルスケアの実施が必要となりますが、基本的な考え方や抑えておくべきポイントはあるものの、その内容は状況に応じて千差万別であるとともに、同僚、上司、会社、家族、産業保健スタッフ等、全関係者のニーズを満たすことが難しいのがほとんどです。つまり、正解が一つではない、もしくは正解がないままで進めなければなりません。また、自殺は頻繁に生じるものではなく、「もし自殺が起こったら」を仮定した準備は簡単ではありませんし、プライバシーに配慮した情報管理が求められるので、ポストベンションに関する知識や経験が共有されることも少ないのが現実です。

 今回は、まずは初期対応に絞って書きますが、自殺が生じた(もしくは生じたといった情報が入った)際には、事実確認が必要になります。人事労務担当者から、確認された事実として報告・相談があれば、時系列的に事実としてわかっていることと、推測やわかっていないこと、確認中のことについて整理できると今後の対応に役に立ちます。その際に、産業保健スタッフ側での対応状況があれば、情報共有して整理することになるでしょう。もし社員から噂話としてキャッチした場合には。「大切なことなので、こちらで預かって人事に確認しますね」など同意をもらって(誰から聞いた、と情報源は必ずしも明かさなくても構いません)、人事労務担当に確認を入れることになりますし、情報提供をしてくれた社員にどうフィードバックするかも考えておく必要があります。また、事後対応全般においては、当然ながら家族がキーパーソンとなりますが、家族と連絡がつかないことにはコミュニケーションできませんし、自殺という出来事を踏まえて詳細を話すことに抵抗があったり、会社に対して陰性感情を抱いていたりする場合がある。また、警察から職場に連絡があって自殺が生じたことを把握する場合もありますが、プライバシーや事件性の有無の観点から、警察からははっきりした情報は得られないことも多いです。

 上記の対応を勧めるに当たっては、体制構築も重要です。ほとんどは通常のメンタルヘルス対策同様に、事業場内の人事労務部門が中心となり、当該職場の上司、産業保健スタッフも加わります。また、家族、警察対応などは当該職場の上司は、亡くなった方との関係性が強く、当事者でもあり冷静な対応が難しいでしょうから、総務部門にになって頂くことになります。

 上記の初動対応をスムーズに行うためには、日常から関係者間でのコミュニケーションを円滑にすることによって信頼関係を構築し、初動対応時の相談・情報共有先がイメージできるようにしておけるとよいのではないでしょうか。また「もし自殺が起こったら」を仮定した準備は、そもそもそんな想定はしたくない、生じないようにしたい、日常業務が忙しい、など様々な理由から簡単ではありませんが、例えば、職場に連絡がなく欠勤し、連絡がつかない場合の対応などを話し合っておくことくらいは出来るとよいのではないでしょうか。




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