事業者と産業医の関係性〜産業医意見の使い方〜

 ちょうど一年前くらいにこんなツイートをしました。専門家は意見を述べるのが役割で、その意見を踏まえて判断するのがトップ。その役割分担を間違えると、専門家がモチベーションを失ったり、攻撃の対象になったりしますし、いずれトップの求心力も低下します。

そして、直近ではこんなニュースも報道されています。

 私は政府と専門家の中に入っている訳ではありませんので、詳細や実態はわかりません。なので、自分の状況(=産業医)に置き換えて考えて、ですが、まずは私は産業医と事業者の間で権力闘争にならないように細心の注意を払っていることを改めて自覚しました。つまり、事業者と産業医の役割を明確に意識するとともに、それを事業者(や労働者)に伝えるようにもしています。例えば、職場復帰、人事異動、海外出張などについて意見聴取があり、その後の判断をする際に「産業医も同意している」といった言い方をされることもあるのですが、その判断には産業医の同意や不同意は必要ありません(もしかしたらそういった権限を付与されている産業医もいるかもしれませんが)。こちらからは、会社から意見を求められたことに対して、会社がより適切に判断できるようにポジティブ、ネガティブに関わらず意見を述べるので、「『産業医の意見を踏まえて判断した』とコメントして欲しい」と伝えています。「産業医は同意」と「産業医の意見を踏まえて判断」にはあまり違いはないのでは、と感じるかもしれませんが、「産業医は同意」=産業医の同意が必要(不同意の場合はできない)で、産業医が持っていないはずの権限があるような印象をうけるのではないでしょうか。「産業医の意見を踏まえて判断」であれば、決めたのは会社だけど産業医はどういった意見をしていたのか、と質問すれば、説明が可能です(会社が都合のいいことだけを言っていても、記録を残しておけば産業医側で説明が可能)。僅かな違いかも知れませんが、私なりのこだわりを持って、「産業医も同意している」といったコメントを耳にしたら、丁寧にコミュニケーションして、より適切なコメントになるように働きかけています。

 もちろん、意見を求められていなくても、看過できないリスクが見過ごされている場合には、産業医側から能動的に意見を述べることもありますし、状況によってはより強く(ポジティブな側面なしで、ネガティブな側面のみ)意見を述べることもあります。例えば、労働者に希死念慮があり、主治医も要休業と言っているのに「働かせてもいいですか」と聞かれたら、全力で止めるでしょう。そして、産業医には勧告権がありますが、伝家の宝刀(勧告したら事業者との信頼関係にも影響するかもしれないので、勧告する必要が生じないような安全衛生管理を!)とも言われていますし、「勧告」ですから、勧告を受けてどうするかは事業者判断になります。

 さて、どうでしょうか。このことから、菅首相は激怒する必要はなく(本当に激怒したかはわかりませんが)、黙らせる必要もなく(「黙らせろ」と言ったのかもわかりませんが)、政府として判断すればいいわけです。

 また、こういった周知徹底は労働者が事業者と産業医の関係を正しく認識するためにもとても重要です。例えば、下記の記事を見てみると、「尾身さんを始めとする医療の『専門家』は、国民の行動変容(家に帰れ、酒を飲むな、出歩くな、五輪をやるな)を言うだけで、自分たちの行動変容(諸外国ではやっている多数のPCR検査、ボランティアによるワクチン接種、ITを利用した人海戦術からの脱出)をしていない」とありますが、政府と専門家の立場からは、PCR検査、ワクチン接種、ITの利用など、具体的にどういった活動をするかは政府が判断して実行に移すことであって、専門家が「やる」訳ではありません。産業医も「意見をするだけで自分では何もやらない」といった批判を受けることがありますが、意見をするために実務をやっていますし、意見をして事業者が行動を決めて、産業医(や産業保健スタッフ)が実務部隊として動くこともあるわけです。

 人間、権限が欲しくなってしまうこともありますが、自分の立場に必要以上の権限が付与されると、本来の役割が果たせなくなりますし、周囲からも信頼されなくなるのかな、と改めて学んでいます。

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