産業医をするのに臨床経験はあった方がよい?

 先日、医学部の学生実習で、タイトルのような質問を頂きました。私の経験上は、「ないよりはあったほうがいい」ですし、かといって、ないと困るわけではないので、自分で考えて、興味関心も踏まえて決めればよいのかな、とは考えています。

 個人的な経緯になりますが、私は臨床初期研修が必修化されるタイミング(正確には1年前)に国家試験に合格し、初期研修を行った大学附属病院では、前倒しで制度が始まっており、内科を1年+α(なので、内科に進むことを決めた上での他の診療科のローテーション)、外科、小児科、救急を3ヶ月ずつ研修しました。ちなみに「内科に進むことを決めた」のですが、3年目から産業精神医学を専門とする大学院に進学しました。なので、産業医をすることが前提で臨床研修をしたわけではなく、臨床研修を踏まえて、産業医を進路として決めた、ということになります。

 従って、産業医の道に進むことを前提として「臨床経験があったほうがいいのか」についてはわかりかねる部分もありますが、これまでの経験を振り返ってみれば、臨床経験があったことはとても良かったと感じていますし、特殊な事例だった、内科を1年+α、外科、小児科、救急を3ヶ月ずつの変則ローテーションは自分にとってはよい研修だったような気もします。

 その一つの理由としては、目の前の労働者が、医療機関を受診した際にどういった対応を受けるか、がイメージできるのは役立つだろうな、と感じるからです。産業医として労働者に医療機関の受診を勧めたり、労働者から受診の必要性や受診する際のポイントを聞かれたりすることは日常的にありますが、労働者への受診勧奨や医療機関への情報提供をする際に、ピント外れな事をすると、関係者との信頼関係に影響することがあります。違った視点から考えてみると、医療機関に対応してもらうためには、どういったアプローチをすればよいか、アドバイスできることもあります。健康診断結果の受診勧奨とかもその一つかも知れないですね。

 二つめの理由として、特に特定の地域で産業医をする際に、その地域の大学附属病院で研修をすると、顔見知りの医師が自然と増えます。産業医は、幅広い知識を浅く、といった特徴がありますので、様々な領域にアドバイスを求めることができる医師がいるのはとても心強いです。もちろん、普通に仕事をしていれば、だんだんと知り合いは増えますし、かえってしがらみが生じて仕事がしにくいといったこともあるでしょうから、それほど心配は要らないかも知れません。

 三つめの理由として、医療機関に労働者として勤務する、という労働者側の体験は、産業医としても役に立つだろう、と感じます、職場には労働者といっても様々な立場の人がいて、利害関係も一様ではありません。病院では、診療科は常勤医か非常勤医か、研修医の年次、看護部、検査技師、事務方などなど、患者さんの医療のために、といった共有すべき目標がある一方で、部門間での調整が必要なことがたくさんあります。また、事業者といっても、特定の人を指すものではありませんが、医療機関でも指揮命令系統が複雑だったりします。こういった環境で働いた経験は、産業医をするにあたってとても有意義でしょう。

 上記はあくまで私の経験ですし、医師免許を使った仕事、そうではない仕事、プライベートの過ごし方を含めて無駄なことは一つもないでしょうし、人生、無駄なことがあってもいいんじゃないかとは考えています。この記事が何かの参考になればうれしいですし、ご質問があれば遠慮なくご連絡下さい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?