職場における自殺対策をどう進めるか〜総論〜

 以前の「職場における自殺対策についての語り場」を踏まえて、まずは職場における自死対策について掘り下げてみます。本来、自殺対策は、メンタルヘルス不調により自ら命を絶つ方が一人でも減る(自殺対策基本法では「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して」と記されています)ことが目的ですが、産業医の立場からは「職場において」、つまり、職場の責務として何をどこまでやるか、といったことを主軸に考えてみます。

 基本的な事項として、私が焦点を当てている職場における自殺対策は、職場におけるメンタルヘルス対策の一分野であり、職場におけるメンタルヘルス対策は職場における健康管理の一分野であり、職場における健康管理は事業活動の一分野になるので、自殺対策だけを独立させて行うのではなく、職場における健康管理のなかにどう位置づけるか、の議論が重要であることを強調しておきます。事業場によって意識、職場環境、人的資源などは異なりますので、事業者として安全配慮義務の履行を主眼において、プライベートへの関与は控える、プライベートな問題含めて社員の自殺予防(健康管理)に取り組む、などは変わってきますが、「自殺対策として何を実施するか」というよりも「健康管理を職場内でどのように位置づけるか」がまず最初にくるのかな、と考えています。

 これは、自殺対策だけを独立させて行うことを考えたときに、例えば、「ストレスチェックは自殺対策の一環でやっています」、「長時間労働に従事した社員に対する面談は自殺対策の一環でやっています」という説明には違和感がありますし、活動の対象となる社員(ストレスチェックを受検する人、長時間労働に関する医師の面接指導を受ける人)も「自殺しないための対策」となると、あまりいい気持ちはしないような気もします。一方で、ストレスチェック、長時間労働対策で自殺予防の観点がないかというと、そんなことはなく、常に頭の片隅には置いておき、リスクを察知した際には、自殺予防の焦点をおくことになるでしょう。また、ストレスチェックはメンタルヘルス対策の一つですし、長時間労働に関する医師の面接指導はメンタルヘルス不調の一次、二次予防だけでなく、心・脳血管疾患の一次、二次予防でもあります。さらに、これらは法律で求められている取り組みではあるので、法令遵守、つまり「実施する」が目的になりがちですが、ストレスチェックの面談も事業場をよく知る産業医がやるのか外部に委託するのかは事業場によって異なりますし、長時間労働の基準についても、事業場によっては幅広く(法律より短い労働時間でも)対象にしていることもありますので、「どう実施するか」も重要です。自殺対策だけではありませんが、「自殺対策として何をするか」を考える際に、健康管理活動全般としてどういった姿勢で行うのか、具体的な活動の中に自殺予防の観点をどう盛り込んでいくか、といった視点を持った方が、一貫したスタンスで、息の長い、実効性のある活動が出来るのではないかと考えています。

 「具体的な活動の中に自殺予防の観点をどう盛り込んでいくか」という点ですが、一次、二次、三次予防の視点から考えるとわかりやすいです。一次予防は自殺の発生予防=メンタルヘルス不調を未然に防ぐ、ですし、二次予防は自殺のリスクが高まった際の危機介入で、本人が援助を求める、周囲が何らかのサインに気づく、専門職が本人から打ち明けられる、といった状況が考えられ、メンタルヘルス対策における一次、二次予防と何ら変わりはありません。三次予防は再発予防ですが、本人が不幸にも亡くなってしまった場合には、周囲が心的外傷を負わないように、自殺が連鎖しないように、といった観点でのポストベンションが重要になります。

 もちろん「事業者の責務はどこまでか」にこだわらずに、一人の人間として、社会的な存在である事業者として、何が出来るかを考えることも重要です。私自身も産業医の立場でモノゴトを考えるクセがあり「どこまでやっておけば自分が安全か」といった考え方をしてしまいがちですが、「自分を犠牲にせずにどこまでできるか」、「自分を犠牲にしてでもここまではやりたい」といった考え方があってもいいわけです。職場においては、管理職の立場、一緒に働いている同僚の立場、人事労務の立場など様々ですが、その立場からの関わりもあるでしょうし、一人の人間としての関わりもありますよね。

 さて、その他の記事で、一次、二次、三次予防の視点から、自殺対策をどのようにメンタルヘルス対策に盛り込んでいくかを考えてみますので、ぜひご一読下さい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?