いつか

「この景色、もう見ることはないんだね」
「…いい場所だった?此処は」
「いつか、いつか答えるよ。だから――」
 振り向く彼女に、ナイフを突き立てた。柄を押し出すように左手を添え、全体重を掛ける。確実に心臓をとらえ、せめて苦しまぬように。そのときは、死が二人を結びつけるという甘美な響きが気に入っていた。彼女は顔を恐怖で引きつらせる。
 痙攣する身体を横たえ、今度は自分の胸に切っ先を向ける。先ほどより震えた手で、勢いつけて胸を突く。手が滑る。心臓を外す。"また"肺を刺す。最初はただ衝撃だけだったのが、何十回と経験した今となっては、肉を裂くプチプチという感触や、ひゅっひゅっという自身の苦しげな呼吸音までが聞こえる。空気を求め這いずり、血が喉を逆流して口から溢れ、朦朧とした中で、息、息をと、途切れがちな思考が頭を駆け巡る。力が抜け、動けなくなっても、意識を失うまでの途方もない時間、喉を掻き毟ることも地面を叩きつけることもできず、壮絶な痛みと苦しみにただ襲われる。
ああいたい
あああああいたいいたい
いたいいたいいたいああああああああああ
ああああああああああああいたいいたいいたいいたいいたいいた


「この景色、もう見ることはないんだね」
 意識を失った次の瞬間、また此処に戻ってくる。
 今になって分かるのだ。別れを切り出した彼女が、なぜ此処を選んだのか。「だから」の先に何があったか。それでも、ナイフを持つ手は止められない。止まってくれない。起きたことはもう。心臓を刺すブツッという嫌な感触。やめろ、やめて、もういい、悪かった、もういやだ、もう。心で叫びながら、震える手で、ナイフを"また"自分の肺に刺した。死ぬほどの、しかし死ねない苦しみに、土に顔を擦り付け、血の泡を吐き、ボロボロ涙を零しながらいっそ殺せと、愛しい人の見たこともない凄惨な顔に訴えかけ、そして


「この景色、もう見ることはないんだね」
「…いい場所だった?此処は」

 皮肉にも、俺はまた此処が良い場所かと聞くのだ。
 もう満足したろうと、許してはもらえないかと必死になって。

「いつか、いつか答えるよ。だから――」
 ブツッという感触。彼女はまだ、答えてくれなかった。



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「この景色、もう見ることはないんだね」
「…いい場所だった?此処は」
「いつか、いつか答えるよ。だから――」

byれんぷく

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