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「つながり」を読み解く英文読解(1) ~"The baby cried. The mommy picked it up."~

【1】「赤ちゃんが泣いたの。ママが赤ちゃんをだっこしたの

"The baby cried. The mommy picked it up."
「赤ちゃんが泣いたの。ママが赤ちゃんをだっこしたの」

▼この2つのセンテンス(※ピリオドまでの1文のこと)を見て,私たちはきっとこう考えるはずです。

「ああ,赤ちゃんが泣いた〈から〉,その赤ちゃんの母親が,赤ちゃんを(あやして泣きやませるために)だっこしたのだ」

▼しかし,この2つのセンテンスの間には「因果関係」を表す表現は一切書かれていません。もし逆に,「『赤ちゃんが泣いたから,ママが赤ちゃんをだっこした』という日本文を英語に訳せ」と言われたら,私たちは通常,"The baby cried, so the mommy picked it up." や,"The mommy picked up the baby because it cried." といったように,因果関係を表す連結表現(cohesive devices:ここではsoやbecauseのこと)を使って表すのではないでしょうか。

▼そうした連結表現が使われていないにもかかわらず,私たちはこの2つのセンテンスの間に「因果関係」を読み取り,この2つの文が自然につながっているものだと解釈したはずです。

▼実は,この2つのセンテンスは2歳の子どもによって発せられたもので,社会学者のハーヴェイ・サックス(Harvey Sacks: 1935-1975)が大学での講義の中で題材とした発話なのです。サックス自身はこの発話を使って私たちの日常会話の中に潜む様々なルールを明らかにし,会話分析(conversation analysis)の手法を確立しようと試みました(*1)。ここではサックスの会話分析の手法についての議論とは別に,この2つのセンテンスに英語のルールとしてどのような「つながりを生み出す仕掛け」が含まれているかを考えましょう。

▼この2つのセンテンスが「つながっている」と考えた理由は大きく分けて2つあります。

▼1つ目の理由は文法的なもので,後半の The mommy picked it up. というセンテンスの中にある it と the が、この2つのセンテンスの「つながり」を生み出す役割を果たしているためです。

▼この it は、前半の the baby を指す「代名詞(人称代名詞)」です。一方、the は「定冠詞」、つまり「どの」名詞のことなのか、話し手同士や、筆者と読者の間に共通理解ができている場合に使われる冠詞です。「赤ちゃんが泣いた」という前半のセンテンスに対し、後半では「その母親(=特定の母親;赤ちゃん自身の母親)が、それ(=その赤ちゃん)を抱っこした」と述べていることから、2つのセンテンスが一続きにつながっていることが示されていると考えられます(*2)。

▼第2の理由は,the babyとthe mommyという単語同士の結びつきです。私たちは,この「母親」が,「この赤ちゃんの母親」だと解釈し,さらに「赤ちゃんが泣いたら親がだっこしてあやすのは自然な行為だ」と考えているはずです(なお,サックスはこのように特定のカテゴリーに対して特定の行為が結び付けられていることをcategory-bound activities(カテゴリーに拘束された行動)と呼びました)。だから、前半のセンテンスを原因、後半のセンテンスを結果と解釈し,「赤ちゃんが泣いた“から”、その母親が赤ちゃんを(あやすために)抱き上げたんだ」と考えたはずなのです。

▼このように,ある特定のテーマについて書かれた英文を読んでいると,キーワードと関係の深い単語が使われていることが分かります。たとえば,diabetes(糖尿病)について書かれた英文ならば,patient(患者),doctor(医師),hospital(病院),obesity(肥満)などの単語が出てくるのは自然だと言えます。だとすれば「赤ちゃん」について書かれた英文の中で,「母親」や「父親」が登場するのは決して不自然なことではありません。このように,1つのキーワードに関連した語彙のことを「関連語」と呼びます。「関連語」も,文と文のつながりを作る要素の一つだと言えるのです。

▼もちろん,ここに挙げた「代名詞」「定冠詞」「関連語」の他にも,文と文の「つながり」を生み出す仕掛けはたくさんあります。今後はそうした仕掛けについて,ここで少しずつ書いていきたいと考えています。

【2】「解剖台の上のミシンとこうもり傘」

▼さて,「つながり」を考えるうえで,ちょっと脱線して,その大前提となる話をしてみたいと思います。

▼センテンスは、ふつう、単独で存在するものではなく,必ず前後に何らかの表現が存在します。そして、私たちはそこに何らかの「つながり」を常に見出します。あるいは,センテンスが複数並んだ時点で、そこになんらかの「つながり」が生み出されるとも言えるでしょう。そして、それがどんな「つながり」なのかを私たちは(無意識に)解釈しながら英文(だけでなく文章全て)を読んでいるのです。

▼しかし,これは文章だけではありません。たとえば,「解剖台」の上に「ミシン」と「こうもり傘」が置かれているところを想像してみてください。「なぜ解剖台の上にミシンとこうもり傘があるのだろう?何か意図があって置いたのではないだろうか?この3つの物の間には何の関係があるのだろう?」と疑問に思いませんか。これはデペイズマン(Depaysement)と呼ばれるシュルレアリスム(surrealism)の手法の一つで,「異なった環境に置くこと」を表しています。このデペイズマンを説明する際に,フランスの詩人・ロートレアモン伯爵(Le Comte de Lautréamont:1846-1870)の『マルドロールの歌』の一節にある "Il est beau ... comme la rencontre fortuite sur une table de dissection d'une machine a coudre et d'un parapluie!"(彼は素敵だ。まるで解剖台の上でのミシンとこうもり傘の偶然の出会いのように!)から「解剖台の上のミシンとこうもり傘」というフレーズがよく用いられています。日常的になじみのあるものが意外な場所に置かれていることで人に衝撃を与え,「常識」を揺さぶるのです。

▼しかし,対象が常識的なものであれ,シュルレアリスムのような意外なものであれ,その根底には〈人間は「意味」にとらわれた生き物であり,目の前にあるものに対して何らかの「意味」や「つながり」を見出さずにはいられない存在である〉という大前提があるはずです。だからこそ私たちは,"The baby cried. The mummy picked it up."というわずか2つの短いセンテンスの間にも「つながり」を見出そうとするのではないでしょうか。

▼英文を読んでいる時,途中で「あれ?おかしいな?」と思うことがたびたびあります。もちろん,単語や熟語の意味や文構造のとらえ方の誤りのせいでそう思うときもあります。しかし,単語も熟語もわかっていて,文構造もわかっているのに,なぜか理解できず訳すことができない,ということもよくあるはずです。そんな時には「つながり」のとらえ方が誤っている可能性にも目を向けるべきです。

【注】

*1:Harvey Sacks, Lectures on Conversation, Volume I & II, Edited by Gail Jefferson, Blackwell Publishing, 1992/1995

▼サックスは,「経済性規則(economy rule)」と「一貫性規則(consistency rule)」,そして「カテゴリーに拘束された行動(category-bound activities)」ということばを使い,この2文のつながりについて説明しています。「カテゴリーに拘束された行動」については本文に説明を書いたので,それ以外の2つについて説明します。

▼「経済性規則」とは,ある特定のカテゴリー(例:「赤ちゃん」)が複数のカテゴリー集合(例:{赤ちゃん,子ども,青年,大人,老人…}と{赤ちゃん,お父さん,お母さん,お兄ちゃん,お姉ちゃん…})に属する場合,ある特定の場面で人を特徴づけるには1つのカテゴリー集合だけで十分であり,他のカテゴリー集合は用いられる必要がない(=経済的である)という規則です。

▼たとえば,学校で授業をしている場合,そこにかかわっている人の特徴を述べる際には{先生,生徒…}というカテゴリー集合が用いられれば十分で,他のカテゴリー集合({男性,女性…}{日本人,外国人…}など)を用いる必要はない,ということです。

▼「一貫性規則」とは,ある場面で誰かに一つのカテゴリー集合を用いた場合,次にその場面で別の人に用いられるのは最初のカテゴリー集合の中に含まれるカテゴリーである,という規則です。たとえば「授業」という場面で,ある人に「先生」というカテゴリーが用いられた場合,そこでは{先生,生徒}というカテゴリー集合が適用されたことになるため,次に誰かがカテゴライズされる時は一貫してその集合の中から,たとえば「生徒」というカテゴリーが用いられる,ということです。「先生」というカテゴリーは他にも{先生(=医師),患者,看護師…}や{先生(=代議士),秘書,有権者…}などのカテゴリー集合で用いられますが,授業という場面において用いられるのは{先生,生徒}というカテゴリー集合であって,その他のカテゴリー集合ではありません。

*2:ただし,The mommyという表現にはやや不自然さもあります。おそらくこれは2歳の子どもの発話であるため,まだ所有格を習得できていないことで"Its mommy"や"Her mommy"と言えなかったためにThe mommyと表現したのではないか,という可能性も考えられます。

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