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ベンゾジアゼピン・コラム - 質問が多い診察室 [Free full text]

ベンゾジアゼピン減断薬を希望される患者さんは質問が多い。
彼ら或いは彼女らが確度が高い情報を求めているからである。

僕の勤務先で特別予約診察を受ける患者さんは、僕に会う以前に既に複数の医師や「有識者」から情報を得ていることが多い。「ベンゾジアゼピン減断薬を行っている」ことをネット上で標榜する複数の医師を既に受診していることも少なくない。重複受診まではしていなくても、SNSなどで精力的に情報を収集している。

ベンゾジアゼピン減断薬を希望される患者さんを診察するには、一般の患者さんを診察するよりも時間がかかることが多い(勤務先ではそのために僕の特別予約診察が開始された経緯がある:拙note参照)。
時間を要する原因の一つが、この、患者さんが貪欲に情報を求める傾向にある。病歴の聴取にも時間がかかるのだが、診察の中で、患者さんから怒濤の質問攻勢を受けるが常だ。主治医にはこう言われた、愛知の医師はこう説明した、神奈川の医師はこう言っている、Xではこう述べられていた、LINEオープンチャットで薬剤師にこういう助言を受けた、どれが正しいのだろうか――というタイプの質問が多い。まるで僕を使って答え合わせをしようとしているかのようだ。
複数の医師や当事者に、時にまったく異なる助言をされて戸惑い、どれが正しい情報なのかを確認したい、という要望をお持ちの方が多い。

一般的な病気であってもこのような患者さんが入手する情報のブレはある。しかしベンゾジアゼピンの減断薬・離脱症状に関しては確立したガイドラインが存在しないため(「アシュトン・マニュアル」は確立したガイドラインではない:拙note参照)、個々の医師が、自身の体験に基づいてプチ体系化した、多かれ少なかれ独自の理論に基づいて治療を行っていることが多い。このため患者さんへの説明内容は医師ごとに異なることがある。
当事者同士が集まるSNSでの情報交換では、各自がそうした医師から受けた説明や独自に収集した玉石混淆のネット情報が伝言ゲームのように変形を繰り返しながら伝わっていくために、歪で偏った情報が共有されていることも多いように見受けられる(僕がnoteやXで発信した情報が共有されているのを観測することもあるが、控え目に言って原形をとどめていない)。

矛盾しているようだが、患者さん自身、自分が集めた情報の確度の低さを知っている。だからリアルの診察室では質問が多くなる。僕の知識や経験がどれくらい信用できるのかを探るお試し行動である場合もあるだろう。

一方で、減断薬においてはどの患者さんにも適用可能な「たった一つの冴えたやり方」があるわけでもない。個々の当事者ごとに当てはまる情報もあれば当てはまらない情報もある。当事者同士の情報共有はその点を考慮しなければならないはずだが、そのようにはコミュニケーションは進んでいない。当事者の方々はそうした「誰にでも適用可能な減断薬の方法は無く、ある情報が、当事者Aにとっては有用で、当事者Bにとっては有害である場合もある」という説明を受け入れられない患者さんも少なくない。

このような側面を考えると、患者さんが低確度のネット情報に縋る必要が無い環境を整える必要があると思う。患者さんが最初にアクセスする情報は主治医からの説明であるべきだろう。
専門医制度とは言わないまでも、あるていど蓋然性が高いベンゾジアゼピン減断薬のガイドラインが策定され、個々の医師がそのガイドラインに基づいた減断薬の治療が行われる体制が構築されることが望ましい。
それは、この問題に関する説明のブレを小さくし、当事者が情報に翻弄されることを防ぎ、不安を軽減することに直結するだろう。
診察室における患者さんからの質問は、不安に衝き動かされた性急なものではなくなるはずだ。
そのためには、僕も含めて「自分の理論が正しいと信じてベンゾジアゼピンの減断薬を行っている」インディペンデントの医師ではなく、メジャー団体――国立病院や大学病院のようなアカデミックな医療機関が減薬外来を開設し、情報が蓄積・体系化されていくことが望ましいのではないかと思う。

僕たちは駆逐されなければならない。

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