見出し画像

総論00 緒言

現在広く用いられている睡眠薬や抗不安薬(いわゆる精神安定剤)は、その大半が、ベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下ベンゾジアゼピン)と分類される、共通の化学構造と作用機序を有する薬剤群に属します。 

デパス(一般名:エチゾラム)やアモバン(同:ゾピクロン)はベンゾジアゼピン構造を有しませんが(このため「非ベンゾジアゼピン系抗不安薬、睡眠薬」と呼称されることがあり、時に「だから安全な薬である」と誤解される一因となっています)、脳内でベンゾジアゼピン系薬物と同じ機序で作用することから、「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」として一括りにされていいます(※ただしデパスやアモバンが他のベンゾジアゼピン系薬物と同様の第3種向精神薬に指定されたのは比較的最近のことです)。 

デパスを含むベンゾジアゼピン受容体作動薬の問題点の1つとして、承認用量を守って用いられた場合であっても、一定期間以上連用することで、依存性が形成されることが挙げられます。減らしたり止めたりすると離脱症状(詳細は後述)が現われるようになるということです。 

この「ベンゾジアゼピンの常用量依存」は、日本の医療において、長く軽視もしくは無視されてきた問題でした。 

多くの医師がベンゾジアゼピンの減量・中止に伴う離脱症状に対する知識を十分には有しておらず、医学界において広くコンセンサスが得られた、実効性のあるベンゾジアゼピンの減量・中止方法も確立していません。 

一方で、厚生労働省はここ数年、ベンゾジアゼピンを含む向精神薬処方の適正化を促す方向で診療報酬の調整を行っています。適正ではない向精神薬の処方に対する診療報酬を減算することが、その主な手法です。 

2018年度診療報酬改定においては、「4種類以上の抗不安薬および睡眠薬の投薬を行った場合」、「ベンゾジアゼピン系の薬剤を12月以上、連続して同一の用法・用量で処方されている場合」の減算が加わりました。 

めざとい医業経営コンサルタントは、既にこの診療報酬改定に即した対応を、医療機関に促しているようです。 

「2014年度診療報酬改定での向精神薬多剤投与に対する処方料・処方箋料の減算の新設に始まり、2016年度診療報酬改定では向精神薬多剤投与に対する処方料・処方箋料の減算要件の厳格化、そして今回の向精神薬長期処方に対する処方料・処方箋料の減算の新設と、向精神薬の処方に対する適正化の動きは着実に進んでいます。向精神薬長期処方に対する減算は 2018年4 月1日以降の処方が対象となるため、早い方であれば、2019年4月1日から減算となります。減算を回避するためにも、今からでも対象患者のリストアップを行い、当該患者の処方内容に見直しの余地がないか確認する等の対策を講じることが望まれます」  (一例として引用:https://www.yb-satellite.co.jp/wp/wp-content/themes/yb-satellite/assets/pdf/20190116_MN22.pdf) 

医師側としては、二律背反の課題を突きつけられていることになります。 

これまで漫然と処方されてきたベンゾジアゼピンの剤数や用量を減らさなければ、自らが経営もしくは勤務する医療機関の経営にネガティブなインパクトを与えてしまう。しかし安全なベンゾジアゼピンの減薬法がわからない現状、安易に減薬すれば患者さんを離脱症状で苦しめてしまうかもしれない。 

ベンゾジアゼピンの常用量依存についての知識がある医師であれば、多かれ少なかれ、この葛藤を感じるでしょう。 

逆に言えば、ベンゾジアゼピンの常用量依存についての知識が無い医師によって、患者さんが苦しむことになるリスクが今、目の前にあるということになります。 

睡眠薬や抗不安薬が用いられるのは精神科・心療内科、というイメージがあるかもしれませんが、必ずしもそうとは言い切れません。ベンゾジアゼピンはむしろ、精神科以外の診療科(以下、一般科)の方において多く処方されていることを示すデータがあります。 

「健保連の調査は、2014年10月から2年間分のレセプト、約1億6000万件を分析したもの。睡眠薬や抗不安薬を処方されたレセプトは全体の約3%、うち精神科での処方は約35%で、残る約65%はそれ以外の診療科の処方であり、ベンゾジアゼピン系薬が多かった」(https://www.m3.com/news/iryoishin/563629https://www.kenporen.com/include/outline/pdf/chosa29_01-2.pdf)。 

現状、ベンゾジアゼピンの常用量依存は、本来その領域のプロであるはずの精神科医の間においてさえ、認知や理解は十分ではありません。況んや一般科の先生方においてをや、といったところでしょう。 

減算を逃れるために、これまで漫然と処方されてきた睡眠薬や抗不安薬を減らす・止める必要性は一般科においても生じます。しかしその結果一部の患者さんに生じるかもしれない離脱症状に対しては十分な対応が取られないまま放置されてしまうかもしれない、ということになります。 

精神科においてすら、診療報酬改定に伴う医師側のプアな対応によって、患者さんが不利益被る可能性を危惧しています。 

一般科では尚のこと、離脱症状で苦しまれる患者さんが出てくるかもしれません。そうした患者さんが少しでも減ることを願って、「デパスの減量の仕方」をテーマに筆を執ることとしました。 

日本において承認され、医療現場で用いられている30数種類のベンゾジアゼピン受容体作動薬の中で特にデパスに絞ってこの小論をしたためることにしたのは、デパスが日本でもっとも広く用いられている「THE・ベンゾジアゼピン」とでも呼ぶべき薬剤であり、またその広い適応のために、一般科で多く用いられているベンゾジアゼピン受容体作動薬の筆頭であると考えたからです。 

デパスの減薬・断薬に取り組もうとされている一般科の医師の方々を読者として想定していますが、一般の方々、患者さんにもご理解いただけるように書いたつもりです(但し、患者さんが自己判断で減薬を行うことは厳に慎んで下さい)。 

何の権威もエビデンスも無い、一臨床医の私説・愚論ですが、お付き合いいただけますと幸いです。 

デパスは1984年に発売された抗不安薬ですから、既に一般名である「エチゾラム」の名前で複数の製薬メーカーからジェネリック版が発売されています。しかしながら未だにブランドとしての「デパス」の人気は高く、抗不安薬の象徴とでも呼ぶべき名称になっています。 

本稿では、ジェネリックのエチゾラムも含めて「デパス」という表記で統一させていただきます。 

⇒総論01 ベンゾジアゼピン離脱症状

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?