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ベンゾジアゼピンの減断薬を保険診療下で行うということ(3/3)

服薬歴を知りたいだけならお薬手帳を見せれば済むだろうと思われる方もおられるかもしれませんが、残念ながら多くの場合はそう単純には事は運びません。ネット検索を繰り返して特定の医師をみつけ、実際に受診されるような患者さんの場合は、

「家庭のストレスで不安が強まり眠れなくなってA医院を受診したらデパスを1日3錠処方されました。それで不安も不眠も良くなったのですが、今度はいつまで飲んでいていいのか不安になって。A医院の主治医はずっと飲んでいても大丈夫だと。でも薬に頼り続けたくはないので自分で減らしてみたんですがやはり眠れなくなり、漢方治療をしているB内科に行ってみたんです。そこでは『デパスは中毒になるからすぐ止めるように』と言われ代わりに漢方薬を処方されました。デパスは全部捨てましたがその夜にパニック発作を起こして,救急車で運ばれた先の病院でセルシンを注射されたら治って……。

そこでデパス依存だと言われたんですがそれ以上の治療はしてもらえなくて。Cメンタルクリニックの先生がお薬に詳しいと友人から薦められて受診したらそこでもデパス依存と言われて。中止してパニック発作まで起こすなら急には止められないということで、メイラックスという薬を処方されました。服用を開始するとパニックを起こすことは無くなりましたが、冷や汗と、何か足がむずむずする感覚が続いて。そのことをCクリニックの先生に話すと、メイラックスを2錠に増やされて……。でもお薬を飲むのが不安だったので、錠剤を割って1.5錠にして飲んで、辛い時には更に1/4錠を追加して飲んでいました。それでも足のむずむずは良くならなくて。

インターネットで調べたら同じような経験をした人達のブログやツイッターがたくさんみつかってもっと不安になりました。断薬に成功した人のブログのコメント欄から質問してみたら返事をいただけて、『離脱症状といって辛い時期はあるけど体から薬を抜かなければ根本的な解決にはならないからと薬を全て止めるように』と勧められました。パニック発作のことも書き込んだんですが、『パニック発作で死ぬことはないし、それがわかっていれば発作もすぐに止まる』と。その日からメイラックスを止めました。

今度はパニック発作は起こらなかったんですが、すごいめまいで何も出来ず、家事も手に付きませんでした。横になっていればめまいは楽になるんですが今度は足のむずむずが辛くて……。寝たり立ったりを繰り返して、精神的にも肉体的にも限界でした。見かねた夫に連れられてCクリニックに行ったんですが、『指示通りに服薬できないならもう処方は出来ない』と治療を拒否されて……。その足で、予約不要で初診できるDクリニックに行きました。

そこでは特に説明は無く、リボトリールというお薬を1日3回飲むように処方されました。最初は指示通りに飲んでいました。1週間くらいで調子は良くなってきて、足のむずむずも消えたんですが、ツイッターで呟いたら、フォロワーさんからリボトリールは一番強いベンゾだ、と言われてまた不安になって。それで1日に飲む回数を1回にしたらまた離脱が強くなったので2~3回で調整していました。でも今度は1日3回飲んでも離脱症状が消えなくなって……」

――といったようなきわめて複雑な経過を辿ってきている方が大多数なので、治療の開始点を決めるための情報を得るだけで20分はぎりぎりなのです。お薬手帳はあるに越したことはありませんが。

ここに、A医院で処方された薬を飲まなければ良かった、B内科の医者は今でも恨んでいる、Cクリニックの冷たい対応は一生忘れない……といったような情緒的なお話が加わると、保険診療でカバーできる範囲内では、初診で治療方針を決めるところまで到達できないのです。

ベンゾジアゼピン常用量依存の治療を希望されて現実世界の僕の外来を初診される場合は、何はさておき服薬歴がもっとも重要な情報になります。これをA4用紙1枚(2枚でも3枚でもなくデフォルトのフォントとレイアウトで1枚)にまとめたものをご持参いただけると、診察がスムーズに運びます。

逆に、傾聴や共感、寄り添った対応といった部分を期待して受診なさると、「期待外れ」に終わる可能性が高いでしょう。
僕は傾聴も共感も寄り添いもするタイプの精神科医だと自身では思っているのですが、ことベンゾジアゼピン常用量依存の患者さんにおいては、僕の対応を冷たくドライだと感じられる方の割合が多いように感じています。

ネット媒体で僕が発信している情報の内容から抱く期待値と、現実の診療におけるさまざまな制限との間にギャップを感じられる方も多いのかもしれないと思い、このnoteを書かせていただきました。

ご理解を賜れますと幸いです。

↺「ベンゾジアゼピンの減断薬を保険診療下で行うということ(1/3)

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