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ベンゾジアゼピン減断薬 - 敵の敵(ガバペンチノイド)は味方か [Free full text]

ベンゾジアゼピン減断薬における漸減法の役割と限界

ベンゾジアゼピン減断薬のための最善の技法は現在でも「正しく行われる」漸減法です。投与量を徐々に減らすことで、患者が強い離脱症状を経験するリスクを低減できるからです。しかし、漸減法を用いても離脱症状が不可避である事例もあり、これを軽減するための補助治療が切望されていることも事実です。ノーエビデンスであるためここでは取り上げませんが、インターネット上のベンゾジアゼピンコミュニティで「栄養療法」や漢方薬が常に話題に上るのは、「ベンゾジアゼピン離脱症状を軽減してくれるベンゾジアゼピン以外の何か」へのニーズが当事者間で高いことの現れでしょう。

本稿では、エビデンスが蓄積されつつあるガバペンチノイド(現在臨床使用可能なガバペンチノイドはガバペンチン(商品名:ガバペン)とプレガバリン(商品名:リリカ)の2剤)のベンゾジアゼピン断薬補助薬としての可能性について私見を述べてみます。

ガバペンチノイド以外の断薬補助薬

ガバペンチノイド以外にも、シナプス前α2受容体作動薬であるクロニジン(商品名:カタプレス)、β遮断薬であるプロプラノロール(商品名:インデラル)、抗てんかん薬(カルバマゼピン(商品名:テグレトール)やバルプロ酸(商品名:デパケン、セレニカ)など)が、ベンゾジアゼピン断薬補助薬として研究されてきました。
クロニジンやプロプラノロールはベンゾジアゼピンの減薬時に離脱症状として現れる交換神経の過活動に伴う症状(振戦、発汗、頻脈など)を抑えるために有用であるとされています。
また抗てんかん薬は、離脱に伴うけいれん発作や気分の不安定を抑える目的で処方されることがあります。
これらの薬物は、減断薬によって引き起こされる特定の離脱症状を軽減するための、対症的なものとして位置付けられると言えるでしょう。

断薬補助薬としてのガバペンチノイド

上述の対症療法的な薬物とは異なり、ガバペンチノイドは、ベンゾジアゼピン依存に伴って生じ、離脱症状の背景となる脳内の神経化学的不均衡に直接的に作用する、より包括的なアプローチとなる可能性が示唆されています。
ガバペンチノイドの主たる作用機序は、シナプス前カルシウムチャネル(特にα2δサブユニット)に作用し、神経細胞からのグルタミン酸の放出を減少させることです。

グルタミン酸作動性ニューロンとGABA作動性ニューロンは、脳内の神経系の興奮と抑制のバランスを維持するために拮抗的に働きます(グルタミン酸作動性ニューロン:興奮、GABA作動性ニューロン:抑制)。ベンゾジアゼピンを使用することでGABA作動性ニューロンの働きが強化され、催眠作用や抗不安作用が発現しますが、時間の経過とともに耐性が生じ、同じ効果を得るためにより高用量のベンゾジアゼピンが必要になります。
慢性的に使用していたベンゾジアゼピンを急に中止すると、ベンゾジアゼピンによる補助に慣れてサボり癖がついたGABA作動性ニューロンに対して、グルタミン酸作動性ニューロンの働きが脳内で相対的に優位な状態になります。この興奮と抑制の不均衡のために不安、不眠、けいれん、筋緊張亢進といった多彩が離脱症状が引き起こされるのだと想定されています。​

Warlickらは、ガバペンチノイドがグルタミン酸作動性ニューロンの活性を低下させることでベンゾジアゼピン離脱下のGABA-グルタミン酸の不均衡を是正し、それによってベンゾジアゼピン離脱症状を改善する可能性について言及しています(Warlick H 4th. et al. (2024). Application of gabapentinoids and novel compounds for the treatment of benzodiazepine dependence: the glutamatergic model. Journal of Neuropharmacology, 22(3), 123-134. https://link.springer.com/article/10.1007/s11033-022-08110-9)。

ガバペンチンによるベンゾジアゼピン減断薬補助治療

いくつかの小規模な研究で、ガバペンチンがベンゾジアゼピン離脱症状の管理において果たす役割について検討されています。

ベンゾジアゼピン離脱の治療においてガバペンチンを補助的に使用する効果を評価した後方視的研究。172人の患者(ガバペンチン併用57人、非併用115人)を対象に、入院期間(LOS)および使用されたベンゾジアゼピンの総量(BZ_AMT)を主要な評価項目とした。結果として、ガバペンチン併用群は入院期間が短縮され(平均7.49日 vs. 20.90日、p<0.0001)、ベンゾジアゼピン使用量が少なかった(平均14.5 mg vs. 59.60 mg、p<0.0001)。ガバペンチンは、ベンゾジアゼピン離脱治療の補助薬として有望である可能性が示唆されたが、サンプルサイズの小ささや診断のばらつきなど、いくつかの限界があった。より大規模で標準化された研究が必要とされる。

Leung, E., Ngo, D. H., Espinoza, J. A., Beal, L. L., Chang, C., Baris, D. A., Lackey, B. N., Lane, S. D., & Wu, H. E. (2022). A Retrospective Study of the Adjunctive Use of Gabapentin With Benzodiazepines for the Treatment of Benzodiazepine Withdrawal. Journal of Psychiatric Practice, 28(4), 310-318.
https://journals.lww.com/practicalpsychiatry/fulltext/2022/07000/a_retrospective_study_of_the_adjunctive_use_of.4.aspx

6名の患者におけるガバペンチンのベンゾジアゼピン離脱補助薬としての使用を評価した。ベンゾジアゼピンの長期使用者を対象に、ガバペンチンを併用することで離脱症状が軽減された。特に不安や不眠といった症状に顕著な効果が認められた。いずれのケースでも、ガバペンチンの使用によりベンゾジアゼピンの迅速な減量が可能となり、副作用も最小限に抑えられた。ガバペンチンは、離脱に伴う不快感を減らし、安全な離脱を促進する治療選択肢となりうる。

Glass, O. M., et al. (2015). Gabapentin (Neurontin): An Adjunct for Benzodiazepine Withdrawal - A Case Series. Journal of Addiction and Dependence, 1(2), 1-3.
https://www.ommegaonline.org/article-details/Gabapentin-Neurontin-An-Adjunct-for-Benzodiazepine-Withdrawal/606

プレガバリンによるベンゾジアゼピン減断薬補助治療

プレガバリンに関してもまた、ベンゾジアゼピン減薬の際に伴う補助的な役割について研究され、様々な見解が示されています。

長期にわたるベンゾジアゼピン使用者を対象にプレガバリンの離脱補助効果を評価した前向き研究。12週間の観察期間中、被験者の平均プレガバリン投与量は315mg/日(±166mg)であった。主要目的はベンゾジアゼピンの断薬成功率。主要評価集団(n=282)における成功率は52%であった。
プレガバリンを使用することで、離脱症状が大幅に軽減され、患者の日常生活における機能も改善された。プレガバリンの忍容性は12週目の時点で医師の90%、患者の83%によって「良好」または「非常に良好」と評価された。プレガバリンは、ベンゾジアゼピン離脱の補助療法として有効であり、安全性も高いことが確認された。

Bobes, J., Rubio, G., Terán, A., Cervera, G., López-Gómez, V., Vilardaga, I., & Pérez, M. (2012). Pregabalin for the discontinuation of long-term benzodiazepines use: an assessment of its effectiveness in daily clinical practice. European Psychiatry, 27(4), 301-307.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0924933810002695

プレガバリンの使用がベンゾジアゼピン離脱症状に与える効果を検討した症例報告。患者は39歳男性。アルプラゾラム5mg/日を4年間使用し、社会恐怖症と全般性不安障害、およびうつ病のエピソードを抱えていた。プレガバリン300mg/日による治療が開始され、ベンゾジアゼピンの漸減が行われた。治療の結果、患者は軽度の興奮と睡眠の質の低下を経験したものの、ベンゾジアゼピンの完全な断薬に成功した。しかしプレガバリン治療を中止した際に、不安や睡眠障害、振戦、筋痛などの離脱症状が再発した。
本症例は、プレガバリンがベンゾジアゼピン離脱の補助薬として有用である一方、それ自体の依存や離脱症状のリスクを伴う可能性があることを示唆している。プレガバリンとベンゾジアゼピンとの間に交差耐性が存在する可能性があり、ベンゾジアゼピン離脱後にプレガバリンを中止する際に離脱症状が現れることがある。

Biermann, T., Bleich, S., Kornhuber, J., & Hillemacher, T. (2007). Pregabalin in benzodiazepine withdrawal. Pharmacopsychiatry, 40(6), 292-293.
https://www.thieme-connect.com/products/ejournals/abstract/10.1055/s-2007-992146

15名のベンゾジアゼピン長期服用患者を対象としたオープンラベル研究。患者の平均年齢は52.73歳、平均13.23年間ベンゾジアゼピンを使用していた。プレガバリンはベンゾジアゼピンの漸減と同時に導入され225~900mg/日の範囲で投与された。
すべての患者が3~14週間以内にベンゾジアゼピンの使用を中止することができた。プレガバリンの使用によって不安レベルが大幅に減少し(HARSスコアは53.2%減少)、抑うつ症状も改善された(HDRSスコアは51.5%減少)。認知機能の改善も認められMMSEスコアは9.4%向上した。
プレガバリンの副作用は軽度で一過性であり、治療開始後の最初の2週間以内に発現し、その後消失した。主な副作用はめまい、倦怠感であった。一部の患者で鎮静や脚のけいれんが報告されたが深刻な副作用は認められなかった。プレガバリンの作用機序は、シナプス前カルシウムチャネルのα2δサブユニットに結合することでグルタミン酸やノルアドレナリンの放出を抑制し、神経興奮性を低下させることにある。これによりベンゾジアゼピン離脱時の症状を緩和し、患者の不安や抑うつ症状が改善されたと考えられる。

Oulis, P., Konstantakopoulos, G., Kouzoupis, A. V., Masdrakis, V. G., Karakatsanis, N. A., Karapoulios, E., Kontoangelos, K. A., & Papadimitriou, G. N. (2008). Pregabalin in the discontinuation of long-term benzodiazepines' use. Human Psychopharmacology: Clinical and Experimental, 23(5), 337-340.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18348245/

ガバペンチノイドの離脱症状

ベンゾジアゼピン離脱症状を軽減するという報告がなされているガバペンチンおよびプレガバリンですが、これらの薬物自体が、長期使用後の急な中止により離脱症状を引き起こすリスクがあることも報告されています。

ガバペンチンは1993年に米国でてんかん治療薬として承認されたが、その後、てんかんや疼痛、アルコール離脱といった様々な疾患にも使用されるようになった。しかし、ガバペンチンの乱用や依存、離脱症状の報告が増えてきている。本研究では、1993年から2015年までのガバペンチンの乱用、依存、および離脱症状に関する18件のケース報告やケースシリーズを分析している。
ガバペンチンは主にアルコール、コカイン、オピオイドの乱用歴を持つ人々を対象に、1日600mgから8000mgの高用量で使用されていた。乱用者は、他の薬物とガバペンチンを併用し鎮静効果を強化する使い方をしていることが多かった。英国では、住民の1.1%がガバペンチンを乱用し、治療センターでは22%の患者が乱用していることが確認された。特にオピオイド使用者は、ガバペンチンを自己増量し、3600mgから7200mgの高用量で使用しているケースが報告されている。刑務所内でもガバペンチンの不正使用が問題となっており、処方薬の逸脱利用が広がっている。
ガバペンチンの離脱症状は使用中止後12時間から7日以内に発症し、不安、混乱、動悸、発汗などが見られ、重症例ではせん妄や軽度の精神的混乱も発生することがある。特に高用量を服用している患者では、症状が重篤化する傾向があり、治療にはガバペンチンの再投与が最も効果的であることが示されている。ベンゾジアゼピンなどの代替薬物では離脱症状に対する効果が限定的であることが報告されている。

Mersfelder, T. L., & Nichols, W. H. (2015). Gabapentin: Abuse, dependence, and withdrawal. Annals of Pharmacotherapy, 49(8), 897-906.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26721643/

精神疾患のない患者が常用量のプレガバリン(150~600 mg/日)を服用後、急に中止した場合の離脱症状に関するケースシリーズと文献レビュー。研究は3例の臨床事例を含み、全員が不安、不眠、動悸、食欲不振といった離脱症状を呈した。39歳の男性は、600mg/日を2ヶ月間服用後に突然中止し、2日後に離脱症状が出現した。74歳の女性は150mg/日を10年間服用していたが、服用中止から7日後に自殺念慮を含む精神症状が現れた。69歳の男性も600mg/日を19年間服用していたが、中止2日後に同様の症状を訴えた。これらの患者はいずれもプレガバリンの再投与によって速やかにそれらの症状が改善した。
本研究は、精神疾患や薬物依存がない患者においても、規定用量のプレガバリン使用中止が離脱症状を引き起こし得ることを示唆している。過去の文献をもとにしたレビューでも同様の離脱症状が報告されており、特に不眠、不安、動悸といった自律神経系症状や、抑うつ、自殺念慮などの精神症状が多く確認された。過去に報告された6つの症例では、プレガバリンの用量は150~600 mg/日、使用期間は数週間から数年にわたり、いずれのケースでも断薬後に精神・身体症状が現れていた。短期間の使用でも離脱症状が起こる可能性が示唆されている。19年間服用したケースでは特に長期使用のリスクが浮き彫りになっている。プレガバリンの使用者は投薬終了時に段階的な減量を行うことが推奨され、特に高用量または長期使用者は慎重に管理する必要があることが確認された。
プレガバリンとガバペンチンに関する従来の研究では、両薬剤の離脱症状が類似していることが示されている。どちらの薬剤もカルシウムチャネルを介して神経伝達物質の放出を抑制するメカニズムを持つことが明らかにされている。プレガバリンの離脱症状の発現もこのメカニズムに由来するものだと考えられる。
プレガバリンの離脱症状に関する報告は限られており、依存性や離脱症状のリスクに関する明確なリスクファクターはまだ十分に解明されていない。しかし、本研究を含む過去の症例から、精神疾患や依存症のない患者においても、プレガバリンの長期使用や高用量使用が離脱症状を引き起こす可能性が示唆される。今後さらなる研究が必要であり、プレガバリンを処方する際には、患者の状態を継続的にモニタリングし、離脱リスクに備えた適切な減量方法を導入することが重要である。

Ishikawa, H., Takeshima, M., Ishikawa, H., Ayabe, N., Ohta, H., & Mishima, K. (2021). Pregabalin withdrawal in patients without psychiatric disorders taking a regular dose of pregabalin: A case series and literature review. Neuropsychopharmacology Reports, 41(3), 1-5.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8411313/

ベンゾジアゼピン断薬補助薬としてのガバペンチノイドに関する私見

本稿を論文として形にするであればここでは「従来の研究はエビデンスレベルが十分に高くないため確定的な結論を導くには限界がある。より大規模な無作為化試験が必要であり、今後の研究による更なる検証が待たれる」で締める文章を書くしかなくないところです。これまで引用してきた、ガバペンチノイドのベンゾジアゼピン離脱症状に対する有用性に関する従来研究のレベルはその程度のものです。

しかしハイレベルのエビデンスがある治療しか行ってはいけないというわけでは必ずしもありません。なのでここでは「自身の診療の中でガバペンチノイドをベンゾジアゼピン断薬補助薬として用いるか?」という、僕の私見を述べたいと思います。
端的に申し上げれば、積極的には用いません。かなり限られたケースに対してしか使用を考慮しないでしょう。

僕は適応外使用をまったくしない精神科医ではありませんが、使い慣れないガバペンチン(ガバペン®)やプレガバリン(リリカ®)を、副作用に対処しつつ、ベンゾジアゼピンの離脱症状に対する効果を期待して増量していくという作業はどうにも心理的ハードルが高い。もとより「ベンゾジアゼピンの離脱症状を軽減できるのはベンゾジアゼピンのみ」が僕のスタンスです。ベンゾジアゼピンの押し引きでコントロールできる症状を、有効性が確立していない他系統の薬でコントロールするベネフィット(利益)が感じられません。一方で処方は複雑化し、ガバペンチノイドにも副作用があって、離脱症状までをも伴うかもしれない――リスクだけは確実にあるわけです。

よって、僕がガバペンチノイドをベンゾジアゼピン離脱症状の治療のために用いるとすれば、それはベンゾジアゼピンの押し引き(増量や減量)では動かすことができない離脱症状に対して、ということになるでしょう。
これは主に遷延性離脱症状(症候群)と呼ばれる病態を想定しています。ベンゾジアゼピンを一気断薬した後に強い離脱症状が現れたが、それに耐え続けた結果、再服薬しても改善することがない慢性化した症状のことです(※これは本稿を執筆している時点の仮の定義です。ベンゾジアゼピンの遷延性離脱症状(症候群)には確立した定義が無く、その病態や治療法も定まっているとは言えません。これについてはまた別のnoteで考察する予定です)。

脳の神経に生じた何らかの不可逆的変化のためにベンゾジアゼピンの再服用によってもGABA作動性ニューロンの働きが増強されなくなってしまっており、GABA作動性ニューロンとグルタミン酸作動性ニューロンのアンバランスが是正されないことが遷延性離脱症状の病態(の一部)なのであれば、グルタミン酸作動性ニューロンの活性を低下させるガバペンチノイドの使用によってGABA作動性ニューロンとグルタミン酸作動性ニューロンがリバランスし、遷延性離脱症状を軽減させる可能性があるかもしれないと考えるからです。この仮説を支持する従来研究はありませんし僕自身も臨床経験がありませんが、治療法が無く時間の経過に委ねるしか無い遷延性離脱症状においては試してみる価値があり予想されるリスクとベネフィットが釣り合う試行ではないかと愚考する次第です。

本稿を書き始める前は「だから僕がガバペンチノイドを使用することは無いでしょう」という結論を用意していたのですが、今は適応を選んで試してみることもありえるかもしれないと考え始めています。

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