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カンボジアへの出向記録 Vol.2

カンボジアへの出向記録 Vol.1はこちら


2018年7月の記事
タイトル 「Welcome to my friends」


最近の朝ご飯はもっぱらローカルフード
フライドライスや白ご飯の上に焼いた豚と半熟卵、フライドヌードルに
野菜たっぷりスープヌードル、どれも$1以下で食べられる。

肝心な味はというと、日本人好みの味付けで申し分無い。
毎日のようにホテルの前に来る屋台のおばちゃんにはすっかり顔を覚えられ「ヌードルだよね?」と注文せずともわかってくれるようになった。
こういう些細な事が少し嬉しかったりする。


Welcome to my friends

6月は多くの友人がわざわざプノンペンまで来てくれた。
学生時代の旅仲間やダイビングの同期から先輩、Nuiの常連さんから上司まで、1ヶ月の間に10人ぐらい遊びに来てくれた。

折角来てくれたので思う存分にプノンペンの良さを体験してほしいという事で、少ない時間の中でかなりのお店を周った。
物価の安い国だからこそ、ローカルな楽しみ方から贅沢な楽しみ方まで知ってもらいたい。
振れ幅がある分、日本ではあまり経験できない楽しみ方ができる。

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「想像以上に楽しかった」
プノンペンを一通り知ってもらった人たちが口を揃えて言ってくれる。
どういうイメージを抱いてこの国に来たかはわからなけど、恐らく期待値はかなり低く「友達がいるし行ってみようか」という感じだと思う。

この国は計り知れないポテンシャルを秘めている。
アジア…それもカンボジアという国からは想像し難い素敵なお店が沢山ある。
騙されたと思って一度遊びに来てほしい。

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恵まれた環境の中で
熱い志を持ち常に挑戦し続ける方や、色んな事業を展開している方、同世代で奮闘してる人…プノンペンに住んでいると日本ではなかなかお会いしないような方々と会える機会が非常に多い。

宿泊業以外の業種の方のお話を聞ける事は自分の世界を広げてくれる絶好の機会であり、同世代で奮闘してる奴と飲みに行くとかなりのモチベーションに繋がる。


昔から根拠のない自信だけはあった。

昔からやった事もないことでも「多分できるっしょ」という感じでそれなりにできていた。そのテンションでカンボジアにも来た。

ホテルの立ち上げもしたことない、施工という言葉も初めて聞く、マネージメント経験なんて皆無、語学力も乏しい、それでもカンボジアでのホテル事業の話があった時は根拠のない自信だけで勝手にできると思っていた。

でも、現実はそう甘くない。
「自由」という言葉には必ず「責任」という言葉が付いてくる。
それを身を以て学んだ。


圧倒的なスキルの無さと知識と経験不足。それに偏差値36が浮き彫りに。
当たり前に出来ていた事が出来ず、霊にでも取り憑かれているんか?と錯覚するほど仕事でもプライベートでもうまくいかない日々が続いた。
でも、有難いごとにそれをしっかり指摘してくれたり、叱ってくれる人が周りにいる。僕の将来的な成長を願って厳しく接してくれる人がいる。

めちゃくちゃ悔しい想いに駆られ「24年間、俺は何をしてきたんだ?」と落ち込む時もあるけど、自分が招いた事だから仕方がない。
「じゃあ、次はどうしたらいいか?」を考える方が賢明だ。と自分に言い聞かせる…
この恵まれた環境下の中で、必死にしがみついて成長していくしかない。

1年後に胸を張って日本に帰国できるように、そしてお世話になっている方々に成長したなと認めてもらう為にも。

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2018年7月の記事
タイトル 「最近の僕」


習慣


ランニングが最近の朝の日課。
住んでいるアパートの屋上にジムがついてるから少し早起きして朝から身体を動かすのが最近の日課になっている。
起きるのが少ししんどくても走って汗を流してしまえばお目々ぱっちり!

朝から身体を動かす事で自然と脳も起き仕事のパフォーマンスにも繋がる、そして全く歩いて移動しないカンボジアでは健康維持にも繋がる!
カンボジアに来て4ヶ月、ジムで鍛えてることもあるのか体重は3キロも増えている。
着実に親父の後を追ってる気がするので、フットサルやソフトボールにも参加して身体を動かす機会を作ろうと思う。

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もう一つの習慣はNetflixで映画を見ること。
海外でNetflixを視聴すると日本語吹替はもちろん日本語字幕すらなく、英語のみでの視聴になる。でも、それが返って英語の勉強になっている。
英語字幕にすれば単語や文法の理解も深まり、なによりもリスニングの強化になる。
日本語字幕がないのは少しストレスにもなるけど、映画を見ながら楽しく英語を学習できると思えば苦ではない。


アーティスティック

最近、FacebookやInstagramで頻繁に投稿している毎週金曜日のBAR営業告知。これが本当に楽しい。
今まで整えられた環境下の中、現場で働いてきた。
今は打って変わって、自らその環境下を整えていく必要がある。
例えば、カクテル一つを作るにしても色んな道具や材料が必要になるし、作り方の手順や見せ方も独自で考えて試行錯誤していく必要がある。

僕自身バーテンダーの経験があったかと問われるとほぼ皆無に近い。
簡単なビルドカクテルは作れるけど、シェイクとなると振り方さえ知らなかった。
今もまだまだ、レシピを暗記し新しいカクテルの試作に必死な状況。
でも、その中で試行錯誤して「これが良い!」と言うモノを見つけ、実践で手応えを感じた瞬間が最高に楽しい。

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BARは美味しいお酒を作るのが大前提で、それに加えて視覚で楽しめるパフォーマンス性も大事。
バーカウンターの中は一種のステージ。味覚で楽しめ尚且つ視覚でも楽しめる、アーティスティックな要素がある。
味も大事だけど、如何に美しく、カッコよく、滑らかな動作を表現できるかという面も意識していきたい。

そして「音楽」
その空間に合う「音楽」は必ずある。
たかが「音楽」「BGM」と思われるかもしれないけど、そこをこだわることで空間価値を一つ上に持ち上げる事ができると思う。

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2018年9月の記事
タイトル 「Story of Cambodia」


カンボジアには四季がなく、乾季と雨季しかない。
一年を通しての気温は平均30℃。決して過ごし易い気候とは言えないが、夏好きの僕にとってはかなり嬉しい。(あとは海があれば…)
季節によって衣更えする必要もないから、余計な出費もなくなる。
お洒落が好きな人には物足りないかもしれないけど…

Facebook機能の一つに「過去のこの日」というのがある。
過去の思い出をFacebookの投稿で振り返られる、そんな機能。
過去の投稿を見て「若かったな〜」と懐かしんだり、過去の投稿を見て「この時から何か成長したかな」と自分に問いかけたり、リマインドしてくれるちょっとした日記のようなもので。


過去のこの日

いつものように「過去のこの日」を見ていたら、ちょうど6年前に初めて海外へ行った投稿が表示された。


僕の初めての海外は今から6年前の2012年、当時18歳でまだお尻が青かったとき。
それまで海外に対する興味はまったくなく、まさか自分が海外に行くことも知らず高校生の時は碌に英語の勉強もせず、中学生以下の語学力だった。
そんな僕が海外に興味を抱いたのは大学に入学した頃、当時ダンスに明け暮れ夜な夜な地元の駅で練習していた。
その当時にお世話になっていたアウトローな先輩達から「4年間の大学生活は長いようで”短い”、だから”今”しかできないことに挑戦しろ!」と口酸っぱく言われていた。

ただ、そんな事を言われても”今しかできない事”に全くピンときてなかった…

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はじめての海外
当時、ダンスの練習を一緒にしていた幼馴染みの友人が唐突に「俺、来週から東南アジアにバックパッカーしに行ってくる」というクレイジーな発言が僕の海外デビューのキッカケになった。

そいつとは小学校から一緒で、実家も徒歩10秒という距離、親同士の付き合いもあり仲が良かった。
ダンスを始めたキッカケもそいつからだった。
そんな昔から仲が良い奴に突拍子もない事を言われ、なぜか僕もそれに便乗してしまったのがはじまり。

しかし、当時の僕はかなりのへたれで一人で海外へ行く勇気はなくバックパッカーという選択肢を捨てた。
でも、心のどこかで「あいつが海外行けるなら俺だって行ける」という思いがあり、どうにかして行けないものかと手段を考え続けた。
その結果、「海外ボランティア」にたどり着いた。これなら一人ではないし、安全面も保証されている。

本気で海外ボランティアに取り組んでいる方々には申し訳ないが、ボランティア精神はあまりなく、ただ”ボランティア”という目的を利用して海外へ行けるキッカケになる!と思い行く事を決意した。

カンボジア
僕がはじめて訪れた海外、そこは今住んでいる"カンボジア"
今となっては住んでいる事もあって、カンボジアに対するイメージはかなり良い。
でも、当時の青二才な僕はカンボジアに対するイメージは超が付くほどの偏見の塊だった。
そもそも海外へ行った事がなかったから、出発日までにとことんインターネットを使って情報収集する日々だった。
「あ!俺カンボジアで死ぬかも」って思う事も…。

調べれば調べるほど、ネガティヴな情報しかキャッチできなくて「俺、カンボジア行ってくる!」ってドヤ顔で言った事を後悔した。

情報はあくまでも情報
はじめて降りたった異国の土地カンボジア
ネガティヴな情報とは裏腹に、自分の目で見て足で訪れたカンボジアは思いのほか素敵な土地だった。
生活水準は日本より低いけど、人々が力強く生きている姿に衝撃を覚えた。通りすがりに目が合うだけでニコッと微笑んでくれる自然体な姿に感動を覚えた。
きっと日本で同じような事をしたら不審者扱いにされ、変な目で見られるだろうなって…。

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18歳まで地元から一歩も出たことがなかった僕にとっての海外はとてつもない刺激だった。
18年間篭っていた小さな殻から少し飛び抜けたような感覚だった。

海外を訪れるまでは「海外=治安が悪い」というネガティヴなイメージだったけど、それはただ自分が作り上げた架空のイメージ。(もちろん治安が悪い事もある、一概には言えない)

海外に飛び出すことによって世界観が変わるのはもちろんだけど、僕の場合は人生の選択肢が格段に広がったと思う。
まさか、6年後にカンボジアに住んでいることは想像もできなかった。

きっとそういうことなんだと思う。
外の世界を見たことで、今までなかった選択肢が新しく増え、それが今になって点と点が繋がった。

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6年前に初めて海外へ出て、初めて訪れた国カンボジア…
そして6年後の今、こうしてカンボジアで暮らしている…
人生ってオモシロイな。

6 years ago,I went to the Cambodia for the first time in my life.
Now I live in Cambodia. Life is beautiful.


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