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恋に生きた君は知る【17話】


 ——翌朝。
 婚約の申請手続きを進めるためユスツィートはメインストリートの中程でエルメリアを待っていた。
 どの寮に所属していても必ず通ることになる場所であり、広場のような造りになっているそこで校舎に向かう生徒たちを尻目に噴水の縁に腰掛ければ嫌でも目立って仕方なかったが、注目されることに慣れ切っている彼は意に返さない。

 人に見られれば見られただけ話が広まるのも早いことを思えば、むしろ願ったり叶ったり。
 重要なのはエルメリアを逃がさないことで、周囲の目は体面を気にする彼女にとってこれ以上ないくらい効果的な檻になる。

(気掛かりがあるとすれば一緒に行動しているであろうオリヴィア嬢かな……)

 彼女はエルメリアとは真逆で一切の体面を気にしない。
 気に入らなければ気に入らないとハッキリ物を申すし、友人が嫌がっていると思えば横から口を挟むことも辞さないだろう。

 エルメリアの気持ちが元の通りに戻っていないことを祈るばかりだ。

(……昨日のやり取りが白昼夢の類いだったとしたら、今ここで待ってる僕ってかなり恥ずかしいヤツだな)

 嫌な想像をして気が遠くなりかけたところで道の向こうからやってくるエルメリアの姿が見えた。
 こちらに気付いて目を丸くした彼女に微笑めば、白い肌がほんのりと赤く色付いて多少強引な方法を取っても許されることを教えてくれる。

「ユース! こんなところでどうしたの?」
「君を待っていたんだ」

 駆け寄ってきたエルメリアに合わせて立ち上がる。
 その後ろから歩いてきたオリヴィアには胡乱気な視線を向けられたが間に割って入る程ではないなら構うまい。

 ある程度の予想はしていても直接言葉にされると気恥ずかしさが勝つようでさらに顔を赤くしたエルメリアにユスツィートは笑みを深める。
 このまま話を進めても問題はなさそうだ。

「待ってたって、ええっと私に何か用事でも……?」
「用事がなくても待っていたいくらいだけど、まあそれはそれとして渡しておきたいものがあってね」

 ユスツィートはエルメリアの左手を取った。
 ずっと握りしめていたせいで体温の移り切った指輪を薬指にめる。

「僕と正式に婚約して欲しい」

 様子を伺っていた周囲の驚く声が耳に痛いくらいに響き渡ったが、何が起こったのか理解が追い付いていないらしいエルメリアの耳には届いていないようだった。

 それもそうである。
 まさか胸の内を打ち明けた昨日の今日で婚約指輪を渡されることになろうとは誰が考えよう。
 フリーズしたエルメリアの背中をオリヴィアは無言で小突いた。

「っ! え、あっ、ええっと!?」
「問題がなければこのまま契約の陣を刻ませて欲しいんだけど」
「は、はい。問題はない、です……」

 顔どころか全身が赤くなっているのではないかと思うほどの熱を感じながらエルメリアは小さく頷いた。
 ユスツィートの表情を確認しようとして、できなくて目が泳ぐ。
 そうこうしている間に展開されたユスツィートの魔力に自身の魔力を重ねたのはほとんど無意識の内だった。

 ——婚約を正式なものとするには教会に届け出なければならないが、2人の関係を保証するものとして個人的に贈られた指輪に契約を刻むこともある。
 この陣は2つの異なる魔力を用いなければ効力を発揮しない。

「《この契約がある限りユスツィート・ケリーはいずれ来る誓いの日にエルメリア・ロッシュを生涯の伴侶とすることを約束します》」
「《この契約がある限りエルメリア・ロッシュはユスツィート・ケリーの誓いに応えることを約束します》」

 宣誓の直後。魔力の光が収束して指輪を彩る真紅の宝石に変わる。
 ——2人の魔力が混ざりあった結果だがエルメリアは無彩色のため表に出たのはユスツィートの色だ。

 その胸に秘められた情熱を覗き見てしまったような気がして、エルメリアをより一層落ち着かなくさせる。

「その、質問をしてもいいかしら……?」
「もちろん」
「指輪なんていつの間に?」

 何度も繰り返すようだが、昨日の今日である。
 寮の門限近くに別れたのだから用意するような暇はなかったはずだ。
 戸惑いの抜け切らないエルメリアにユスツィートは笑顔のまま答えた。

「前々から用意だけはしてあったんだ。非公式とはいえすでに婚約しているし申請だけで済ませることになりそうだから、せめてプロポーズだけはしっかりしようってね」

 因みに今すぐ教会に駆け込んでも申請を済ませられるだけの——両家の同意書を含めた——書類の用意は済んでいる。
 不足しているものがあるとすれば、エルメリアの意思だけだ。

「そろそろ良いかしら。長くなる話はまた時間のある時にしてちょうだい」

 色々と物申したい気持ちを抑えながら懐中時計を取り出したオリヴィアはそれを見えやすい位置に掲げて、授業の開始時刻が迫っていることを伝える。
 予鈴こそ鳴っていないが教室までの距離を考えたらギリギリだ。

「そうだね。話の続きはまた後で、予定は歩きながら決めようか」

 ユスツィートが体の向きを変えて歩き出す。
 手を繋いだままのエルメリアもそれに続く形となった。
 友人のプロポーズに巻き込まれた、なんてバカみたいな理由で遅刻することだけは避けられそうでオリヴィアは安堵の息を吐く。

 ——祝う気持ちがない訳ではないものの。
 急過ぎる展開に理解が追い付いていないのは何もエルメリアに限った話ではなく。
 これまでのことを考えると素直に祝っていいもなのか判断が付かず、下手に冷静になってしまった自分が時間を忘れさせてくれなかったのである。

 ——上手くいったなら上手くいったで事前にそれらしい雰囲気を出しておきなさいよね!
 そうすれば手放しで喜ぶことだってできたかもしれないのに。
 オリヴィアは内心で唇を尖らせながらエルメリアの様子を伺った。

 ユスツィートは申請だけで済ませることになると言ったが、婚約式とまではいかずとも気心の知れた友人同士で集まって小さなパーティを開くことくらいなら、いくらだってできるだろう。
 エルメリアが本心から喜んでいるのであれば、だが。
 ——問題は無さそうね。

 そっと視線を逸らしたオリヴィアは空を見上げながら思う。
 このバカップルを追い抜いて1人で教室に向かっても許されるかしら、と。

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