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恋に生きた君は知る【38話】

 それから、魔法式の場所と詳細を知られないように諸々を遮断するために発動させていた式を解けば。
 瞬時にコンタクトを取ってきたクレアクリスからうるさいくらいの思考が飛ばされてきた。

(お前お前お前っ! マジで何処にいやがる!? つーか無茶はしてないだろうな!? 急に死にたくなったから今から自殺します、なんて言い始めたらタダじゃおかねーぞ!)
(私をいったい何だと思ってるのよ……)

 死にたい気分になった時はいつもちゃんと呼んでるじゃない。
 呆れ混じりにそう返せば(本気で死にたくなった時には絶対呼ばねぇだろうが!)と、反論されてついうっかり納得してしまう。
 クレアクリスは殊更ことさらに声を荒げた。

(納得してんじゃねぇーっ!)
(そんなことよりユスツィート様の居場所を知ってたら教えて欲しいのだけど)
(そんなこと!?)
(だって“その内戻る”ってちゃんと言っておいたじゃない)

 エルメリアは嘘を吐いてもいなければ伝えた通りに戻ってきてもいる。
 相手に不安を覚えさせるような生活を送ってきた身とはいえ執拗に責められるいわれはない。
 感情が昂りすぎて言葉が出なくなったのか、クレアクリスは少しの間を置いた後。

(俺は都合の良い便利屋じゃねぇ!)
(でも私と契約した精霊でしょ)
(だぁあああっユースの奴がいるのは談話室だよクソ野郎!!)
(ありがと)

 まだしばらくは騒がしそうだったのでエルメリアは感謝を述べつつも再び思考の接続を遮断した。
 居場所までは隠し直していなかったので直接訪ねてきたクレアクリスに重ねて文句を言われたが、耳の塞ぎようがない脳内でうるさくされるよりはマシだったのでまあ良しとしよう。

 談話室に辿り着くとユスツィートの他にヨハネスの姿もあり、エルメリアはまず彼にお礼を述べた。

「先の戦闘ではお力添えをいただき誠にありがとうございます」
「ああ。また何かあれば呼ぶといい」
「そう何度もお呼び立てしなければならないような事態には巻き込まれたくありませんが」
「それもそうか」

 皺の刻まれた手で優しく頭を撫でられる。
 ヨハネスからすれば50年前とは異なる触り心地に懐かしさなど無いに等しいだろうが、エルメリアは違う。
 記憶そのままの力加減も。指の動きも。
 無意識の内にすり寄ってしまうほどに心地よく。
 彼女には、ヨハネスに撫でられた時にだけ目を閉じてしまうという癖がある。

 ——猫の姿で過ごしている時。
 ——あるいは夜を共にした時。
 ヨハネスが“エルメリア”の頭を撫でるのは、決まって身を委ねられている時だったので条件反射のようなものとも言えた。

 もちろん、ユスツィートからすれば全く面白くないやり取りな訳で。
 軽く眉を寄せた孫に対してヨハネスは肩をすくめてみせる。

「さて。エリーも見付かったことだ。そろそろ邪魔者は退散するとしよう」
「申し訳ありません。席を外している時間が長過ぎましたか?」
「いいや。ただクレアクリスが騒いでうるさかったのでな。ユース1人に押し付けるのも酷だろう」

 クレアクリスは「そこまで騒いでねぇ!」と、反論したがユスツィートとヨハネスの2人に「いいやうるさかったね」「まさか自覚がなかったのか?」即座に否定され、わなわなと唇を震わせた。
 言い返すよりも早く、如何に情けない姿を晒していたかを脳内で並べられてしまっては口を開こうにも開けない。
 結局、ヨハネスに首根っこを掴まれて一緒に退出させられた後。
 閉まる直前の扉に向かって同じ言葉を繰り返す他なかった。

「そこまで騒いでねぇーっ!」

 実際はユスツィートとヨハネスの言う通り騒がしかったのだろうけれど。
 静けさを取り戻した部屋で2人きり。
 声を掛けられたエルメリアは素直に振り返ろうとして——。
 ハッと我に返り、背を向ける。

「……エリー?」
「申し訳ありません申し訳ありません今物凄く顔が緩んでいた気がしてっ!」
「何か問題でも?」
「声を聞いただけで喜んでしまうだなんて、さすがにどうかと」

 エルメリアは恋に生きる女だ。
 150年前に編み上げた秘術に干渉し得るほど高度な魔法式も。
 50年前に積み上げた類を見ないほどに厳重な加護も。
 自らの思いの丈をぶつけた結果に過ぎないという、その恋愛体質は2度の転生を経ても変わらない。

 これまでのように報われることはないと、自らを戒める必要も、ユスツィートを諦める必要もないとなれば、もはや彼女を縛るものなど無いも同然。
 溢れる好意に蓋をする理由もなければ、声を聞いただけで嬉しくもなろうというもの。

 ——相手の幸せを願うことが愛であるとするならば、彼女がユスツィートを愛し続けていたこともまた事実なのだから。

 ユスツィートはエルメリアが背を向けているのをいいことに眉間のシワを押さえた。
 音もなく深いため息を吐き出す。

「ユースに飽きられたり嫌われたりしないよう、きちんとコントロールしなければと考えていましたのに。こんな調子では先が思いやられてしまいます」
「エリーって、割とかなり僕のことが好きだよね」

 ヨハネスを前にした時の反応も大概だったが。
 背を向けたまま、両手で頬を包んで耳を赤くするエルメリアの素直過ぎる反応にどう返したものか。
 一周回って冷静になった頭で考える。

「ううっ……。これまで自覚しないように努めていましたが……。思っていたよりも、はい。そのようで」
「うん、考えててもダメだなこれは」

 今までと反応が違い過ぎて何と返すのが正解かさっぱり分からない。
 ひとまず落ち着かせることを優先すべきと判断したユスツィートは立ったままでいるエルメリアに椅子を勧めた。
 素直に従った彼女が2人掛けのソファに向かっていたので、並んで座り直す。

「先に今後の予定を決めておきたいと思っていたんだけど大丈夫かな」
「今後の予定、ですか?」
「婚約の儀が延期になった分、残っている調整に時間をあてたとしてもだいぶ余裕があるだろう。何かしたいことでもあれば一緒にどうかと思って」
「そうですね。ぜひ」

 エルメリアは頷いた。
 延期の名目が療養となっているため外には出られないが、魔法式について意見を交換したり、オススメの学術書を紹介し合ったり。
 トランプやチェスといったゲームでも何でも。

「どうしましょう。ユースと共に過ごせるのなら何だって構わないのですが……それはそれとしてご覧になっていただきたいものや一緒にやってみたいことを考え出すとキリがなくて……」
「それなら1度リスト化しようか。今回できなかったことは次の休暇に回せばいいし、時間の掛かりそうなことでも諦める必要はないよ」
「ありがとうございます!」

 ヨハネスの前でも見せたことがないような満面の笑みで喜んでみせるエルメリアに、ユスツィートはどうってことのないような顔で返事をしながらも、内心では叫び、天を仰ぎたい衝動を抑え込むことに必死になっていた。
 飽きられたり嫌われたりしないかどうかを心配する前にその暇を寄越して欲しい。

(えっ嘘だろう。ようやく僕の気持ちを信じてもらえたってことなんだろうけど……無防備過ぎて逆に何もできないとか、そんなことある……!?)

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