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恋に生きた君は知る【36話】


(それで、結局あなたが私に従っている理由って何だったのよ)

 ヨハネスと共に精霊界から戻って来たので、報告しようとエルメリアを探すも姿が見当たらず。
 いつもだったら容易な場所の特定も困難ときて、首を傾げながらも思考を繋げてみれば。

(ティミーがどうなったのかとかティミーとの関係とか、色々ある中で真っ先に気にするところがそこかよ)
(ティミーの話なんて後で聞いても変わらないでしょ)

 第一、エルメリアには侯爵家の女主人としての実務経験がある。
 人に害を為した精霊がどのような末路を辿るかは聞くまでもなく知っていた。
 ヨハネスが多少の私怨を挟んだとしても結果までは変わらないだろう。

 それで結局何だったの、と聞き直されたクレアクリスはため息混じりに答えた。

(前に言った通りだよ。つーか嘘の付けない空間で秘術まで使われてたんだぞ。何で疑われてんのか逆にこっちが聞きてーわ)
(だってティミーと知り合いだったんでしょ。その上で面白いってどういう感情よそれ)
(そのまんまだよ、そのまんま。お前さんは俺にとっての娯楽なの)
(失礼じゃない?)
(今更だろ)

 エルメリアは納得のいっていなさそうな雰囲気を伝えてくる。
 確かに隠したままでいることもあるが、秘術を無効化した訳でもなければ、嘘を吐けなくさせる魔法が精霊にだけ効かないようになっていたなんてこともない。
 ただ“全ての理由を話せ”とは言われなかったので、嘘にならない程度に当たり障りのない理由を述べただけである。

(ティミーへの義理立てとかもあったんじゃない?)
(だから、処刑されたんだろ)
(あの頃から娯楽だったってこと?)
(いいや。あの頃は逆につまらなすぎて最悪だった。早く精霊界に帰りたくて仕方なかったね)
(意味が分からないわ)
(分かる訳ねーよ)

 続く言葉をクレアクリスは呑み込んだ。
 今思い浮かべたらエルメリアにも伝わってしまう。
 隠しておくほどのことでもないように思えるが何となく、明かしてしまうのはもったいないような気がして。

(何も分かっちゃいないからこそお前さんは面白おもしれぇんだから)
(本当に失礼ね)

 エルメリアは唇を尖らせた。
 何にせよ教会にヨハネスを連れてきた時点でティミーの意に反した行動を取っていることに間違いはなかったし、そう重く受け止めてもいないが。
 人が懸命に生きている様を娯楽扱いするなんて——。

(まあいいわ。よく考えたらあなたってそういう人だったし)
(だからさっきも今更だって言ったろ)
(でもティミーから任されていた役割ってなんだったの? 助けられた覚えならあるけどその逆なんて、どれのことを言っているのか)
(そこで心当たりがないとは言わないのがお前さんらしいよな)

 クレアクリスの立場と能力で何ができたかに当たりを付けた上での答え合わせだ。
 思わず呆れ返る。

(ぶっちゃると下手に事情を知らない精霊を呼ばれて邪魔をされるのが嫌だったってのが1番の理由で他はオマケみたいもんだったから、お前さんの見張りとか情報提供とかその辺りの簡単なことばっかだよ)
(あなたの能力ならもう少し色々できたんじゃない?)
(バカ言え。そこで欲なんて出そうものならヨハネスに気付かれただろうが)

 ただでさえ能力の高い男が魔女と呼ばれるだけの実力を持った女の加護で強化されている中だったのだ。
 ほんの僅かでも怪しい動きを見せようものなら余罪ごと指摘されて元凶であるティミーまで炙り出されていたに違いない。
 猛犬もかくやな当時を知りながら彼を優しい男と称せるのは、守られていたエルメリアくらいのものだろう。

 いや本当に。
 アロイスは王だったからこそ御し得ていたが、そうでなければまず間違いなく切り捨てられていた。
 その精神性は氷雪の如き冷たさで、規律とエルメリア以外にはけして尻尾を振ることがない。
 ルールを守る者には慈悲深くも、そうでない者には徹底的に容赦のない男だった。

(気付いたかしら?)
(当然だろう。ヨハネスだぞ)
(彼にだってできないことはあるわよ)
(そりゃそうだが。そう言えるのはお前さんくらいのもんだよ……)

 不可能を可能にする人間は誰かと問われて、ヨハネスを思い浮かべない者がいったい何人いるか。
 魔女の護衛官でありながら侯爵家の当主としても成功を収めた彼が残した逸話は枚挙にいとまがない。
 普通ならば死んでいるような事故に遭っても生きていたり。
 年を重ねても衰えを知らなかったり。
 エルメリアが施した加護の影響もあって、人間であることを疑いたくなるような話も多いので「実は精霊の血を引いていてあと200年は生きる」なんて、ホラ話が真しやかに囁かれていた時期まであったくらいだ。

 そのホラ話を聞いて「誰がリブラントの人間に血を分け与えるものか!」と、怒り狂ったティミーとは別の派閥の精霊が、軽率にも先々代——ヨハネスの実兄とその家族に手を出した結果。
 一切の加減なく根絶やしにされていたので、絶対に手を出してはいけない相手として精霊界でもその名を轟かせたほど。

 しかもそれが身内に手を出されたことへの報復ではなく、人間に手を出しても許されるなどと考える愚か者が2度と現れないようにするための措置だと言うんだからこっちはすくみ上がるしかない。
 秘術による尋問で人間に悪意を持つ精霊の存在と、悪意ある精霊に育てられて危害を加えることに何ら躊躇いを持たない精霊とか存在し、改心の余地すらないことが露見してしまったが故に出された結論だったので異議の申し立てようもなかったのだが。

「貴殿らが我々人間に対して友好的であるならばこちらも不用意な干渉は避ける」

 という宣言と共に届けられた菓子折りは、あまりの恐ろしさで誰も手を付けられないまま腐ったので土に還された。

 長命な精霊種にとっては、つい昨日のことのようにも感じられるそんな出来事の後でティミーが連行されてきたものだから、再び粛清の時間が始まるのかと身構えた者も少なくはなかっただろう。
 だが、ヨハネスの取った行動は全ての精霊が生まれ、還るとされる泉にティミーを投げ入れて消滅させるだけという、実にあっさりにしたものだった。
 ……まあ。
 仲間の存在を聞くでもなく、泉に直行して即座に投げ入れていたので容赦のなさにはあまり変わりがないが。

 曰く、エルメリアと知り合うにはあの出会いをおいて他になく。
 彼女と出会わずに済む人生を考えられない時点でティミーの思惑が絡んでいたかどうかには興味がないらしい。
 そして、必要以上に恐怖を煽る必要もないと。
 さっさと精霊界を後にしてしまったのだから本当に容赦がない。

 そんな男の体に血が通っているのかを疑うことはあっても「彼にだってできないことはある」なんて甘ったるい考えを抱くことが、誰にできるものか。
 仮にヨハネスが人間以外の血を引いているとするなら、それは精霊ではなく悪魔の血だろう。

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