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早川北小学校の魅力—北っ子応援団の存在―

早川北小学校には「北っ子応援団」という、保護者が集まり北小学校の存続のために活動する組織があります。今回は、現在北っ子応援団の団長を務めている三部さんという方にインタビューをさせていただきました。北っ子応援団について詳しくお話を伺うとともに、三部さんが早川町に移住した際のお話もしていただきました。その内容の中から抜粋して記事としました。 (担当:小泉)

移住の決め手になった早川町の魅力

——まず初めに、三部さん自身が早川町に移住してきたということですが、早川町に移住してきた理由を教えてください。

移住してきたのは2016年で、今年で5年目になります。長男が6年生になるときの3月に越してきました。長男が5年生になって、もし移住してその場所で住むなら小学校から関係を持たせてあげたかったので、もう時期的にギリギリだねって話をしていました。「田舎暮らしの本」というのがスーパーで売っていて、それを読んで、どこかに行って体験してみようかなっていうことで、第一歩で北っ子応援団さんが企画した1泊のツアーに来たのが一番最初です。

そのツアーは私たちの参加費が5000円しか出さなくてよかったんですよね。その時は早川北小学校や野鳥公園などを見学して、夜はバーベキューをやっていただいたりしました。受け入れをするのに体験してもらった方が早いんじゃないかっていうことを考えて、北っ子応援団初代団長の中根さんの案で計画されたツアーでした。費用の面ですごく大変だったみたいで、それ1回こっきりだったんですけどね。

そこで北っ子応援団さんがいて素晴らしいな、田舎に来ても安心だなっていうのを感じて、1つ目の見学で早川に移住することをもう決めました。子供がすごく人見知りで手もあげられないという感じだったんですけど、ツアー中はすごく楽しそうにしていて、子供に「ああいうところにもし引っ越して住むのはどう」って聞いたら、「ああいいんじゃない」みたいな感じだったので不安はなかったですね 。中根さんからもサポートして頂いて、FacebookとかLINEを交換させていただいて、こちらの思っていることとかをやり取りさせていただきました。

三部さん インタビュー 写真①

早川北小学校の魅力

——その時北小が良いと思った北小の良さって何ですか。

一番驚いたのが、タブレット端末が一人1個あることとか、学校が野鳥公園と連携しているので、もし理科の授業で石について話が出てきたら、ちょっと野鳥公園に行って実際の石を探してみようとか、そういうのが素晴らしいなと思いました。こういう小さい学校でも東京と変わらず勉強ができるんだなって思いました。ほかにも、ミーティングルームみたいなのがあって、英語の先生が来てグループになって授業をするとか、設備もすごいんだなと。学校にかかる費用も無償だし、子供達にたくさんお金をかけてくれるところなんだなというのを感じました。

——早川北小学校のような少人数の学校の良さは他にもありますか。

全部の学年が顔見知りになることですかね。兄弟がいない子でも上級生が面倒見てくれたりします。あと、全学年の先生が子供のことを見てくれています。大きな小学校だとやっぱり学年でも喋らない子とかいると思うんですけど、ほんと目が行き届いているしほかの学年の様子もわかるので、大きな家族みたいに感じます。

——全校で子供同士のつながりがあるということなんですが、その繋がりがあるからこそ出てくる問題はありますか。

やっぱり2、3人のクラスになると合わない子がいることがあるんですよね。大きい小学校だと合わなければ他の子と付き合っていけばいいんですけど、ここだと嫌な子でもずっと付き合っていかないといけないので、トラブルが起きることがあります。ですが、社会性が学べるのは良いことですね。大人になるとやっぱり嫌いな人でも付き合わなきゃいけないじゃないですか。それが小学校のうちから学べるというところはメリットですね。

移住するときの苦労

——移住するときに苦労したことはありますか。

そうですね、家探しですかね。黒桂(つづら)集落に山村留学の住宅があるんですけれど、全部埋まっていました。新倉集落っていうところに町営団地があるんですけど、そこも埋まっていて。古民家の空き家を何軒か見せてもらったんですけど、実際に住める家は1軒もなくて。すぐに行きたかったんですけれど、そこから家さがしが始まりました。その時、今住んでいる家の隣が山村留学で東京から来ていた方で、そこの奥さんが、自分ちの大家さんに声をかけてくれて。大家さん同士連携していただいてそこからとんとん拍子で貸してくれることが決まりました。

三部さん インタビュー 写真④

北っ子応援団の活動

——北っ子応援団が具体的にどんな活動をしている組織なのかを教えてください。

今は北小の子供たちを増やして、学校の存続を目指す活動をしています。私で三代目の団長になります。任意ではありますが北小学校に入ってきた保護者の人にみんな入ってもらっていて、メンバーは20人前後います。北小に見学に来た方とかの窓口っていうか、相談係のような役割です。今年はやっぱりコロナで少なかったんですけど、去年あたりは2カ月に1回ぐらい学校見学とかで来た方の話し相手となって、北小はこういうところなんですという話をしました。移住でなにか不安なことありますかとかそういう質問にも答えて話をしています。そこから実際に移住につながることも何件かありました。

今私たちはみんな仕事を持ちながら北っ子応援団を有志でやっているので、お金を頂く仕事なわけじゃないんですけど、早川町をどんどん宣伝して町のお役にたてればいいかなって思っています。自分たちが60歳くらいになった時にも北小は残っていてほしいなあっていう思いがあるので、東京の友達などにFacebookとかで発信していくようにしています。

普段の活動というのは特に決まっていなくて、年度末に次期団長などを決めて、何ヶ月かに1回は企画会議とかやっていました。最近はコロナなので今年はまだ1度も集まっていなくて、まだ前年度からの留任でそのまま団長をやっています。年に3回ぐらいは会議をしています。
それから、不登校の子や休みがちな子がいた場合は、直接その子供に何かするというわけではなく、その親御さんとお話をしたりしています。子供にかかわり過ぎるとストレスや負担になっちゃうかなと思って、その親御さんの方に最近の様子とかを聞くようにしています。

あと、10月にある「食まつり」(奥山梨はやかわ紅葉と食まつり)という行事で出店をしています。北小の子供も育てた大根をそこで売るんですけど、北っ子応援団での活動の宣伝を兼ねて、お店屋さんごっこみたいな感じで出店しています。

——三部さんが北っ子応援団に入った理由や、団長になった動機は何ですか。

創設者の中根さんという方がいらっしゃったんですね。北小学校が全校児童4人になってしまった時があって、その時に自分の息子が通っている学校の人数を増やしたいと思ったそうです。しかし、その中根さんが病気を患ってしまって30歳後半で亡くなってしまいまして。その一人息子さんがうちの長男と同級生で、北小に入った時からずっと一緒に活動していたので、彼女の想いを継いでいこうと思いました。私もここで骨を埋めようと思って引越ししてきたんですけど、老後の仲間が増えた方がいいかなっていう思いもあります。北っ子応援団に入って仲間が増えたらちょっと楽しいんじゃないかなっていうので。私はあんまり喋るのが得意ではないんですけど、なんとかみんなから力を頂いて今やっています。

北っ子応援団の課題と展望

——北小北っ子応援団の今の課題は何でしょう。

今のところ来年度の入学希望者が0人なんですね。4年ぶりぐらいに入学式がないかもしれないので、集落の方たちもやっぱりちょっと寂しいねっていう話をしているので、何とか1年生が欲しいですね。夫婦で子供が生まれてから移住ということが多いので、そうじゃなくて、若い世代、これからたくさん子供を産んでくれるような若い人たちを呼び寄せなきゃいけないと思っているところです。保育園も全部一律に無償になったので、若い人も来てくれやすくなったかなとは思うんですけど。
活動も思うようにできないし、このコロナがどこまで続くかということもわからないんですけれども、なるべく問い合わせが来たような方には積極的にお話していきたいと思います。あと、住める空き家もちらほらあるんですけれど、結局水回りが駄目なので、何か住宅の整備と、あともう少し何か宣伝をしていけたらなと思っていますね。

——若い人を増やすということなんですけど、どういったところを改善していけば若い人にも移住してきてもらえるようになると思いますか。

まず第一に住む所と、あとは仕事ですかね。町内でもいくつかはあるんですけど、金額とか職種が合わないということで、遠くまで行くとなるとやっぱり1時間くらいはかけて出て行かないとなかなか仕事がないので。大きくはその2つが備わっていれば来てくれると思います。環境はいいところだと思っているのでその2つはどんどん整備していければなと思っています。

三部さん インタビュー 写真②


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山梨県立大学国際政策学部・箕浦ゼミ(環境社会学・地域社会学)のnoteです。ゼミ活動の報告を中心に投稿します。